vol.4
小谷 元子 [大学院理学研究科 数学専攻 教授/総長特任補佐 女性研究者育成推進支援室 副室長]
真理追究への夢と情熱が、研究者の原動力。
数学に対して多くの人が抱く“特殊なイメージ”を払拭すべく、若者に向けたアウトリーチ活動にも積極的な小谷先生。「とても自由で、開かれた学問。楽しさを知って欲しい」。根底にあるのは、数学をこよなく愛する心です。
中学時代に魅せられた、深遠なる数学の世界。
多くの方が「数学は窮屈な学問だ」と考えていると知り、驚きました。なぜなら数学とは「もっとも自由な学問/研究分野」と私は考えているからです。好奇心の赴くまま、空想の翼をひろげどこまでも進むことが許されており、美しければ何をやっても「良い」学問が数学なのです。
数学に興味を持ち始めたのは、中学生のころでした。私はわからないことがあるとすぐに先生に質問にいく生徒でしたが、そんな私の「なぜ」に十全には答えてもらえないと感じることが多かったのです。そんななか、数学の先生は私の疑問に向き合ってくれ、納得がゆくまで説明をしてくれました。また、私も考えていることを、子どもであってもきちんと説明することができました。数学以外の学問は、経験の積み重ねや、とりあえずの約束事の上に成り立っており、理解するための知識が必要なのに対し、数学は自分の考えていることを正確に説明でき、また間違いがあればそれを納得できる、そのように概念を明確に定義し、論理的に思考を展開していける学問です。おそらく、そのように疑問を追求し、隅々まできちんと納得できることが魅力的だったのでしょう。それがとても楽しかったのです。知識や経験がなくても、自分の発想を追求していくことができる、という意味で、すべての人が対等に参加できる、珍しい学問なのだと思います。
私は幸いにも師に恵まれましたが、数学は受験に必要だからというモチベーションだけで暗記物のように教えられることも多いと聞きました。とても残念に思います。私は、私の考える数学の魅力を伝える機会となる中学校や高校での“出前授業”を大変にありがたく感じています。そこで生徒さんから「これまでの数学のイメージが変わりました。」と言ってもらえると嬉しいです。自分が好きな学問ですから、その楽しさを一人でも多くの人に知って欲しいと強く願っています。
好きで情熱を傾けられる研究分野に出会って欲しい。
猿橋賞を受賞した「離散幾何解析学による結晶格子の研究」は、結晶構造を数学的にモデル化した結晶格子上で展開されるランダム・ウォークを用いて、結晶の幾何学的性質を理解するものです。ランダム・ウォークの長時間挙動の研究は、従来、確率論の基本的な問題ですが、それを幾何学的な観点から解釈することに興味を持っています。離散幾何解析学は新興の研究分野ですが、幾何学と確率論という数学の2つの異なる分野が係わって、新しい価値観がうまれる、その現場に立ち会っているという興奮があります。
数学に限りませんが、研究は大部分が失敗の連続です。いや、失敗という以前に、手も足も出ずただただ途方にくれる苦しい不安な時が多いのです。しかし、もやもやが、ある日パーッと雲散霧消して、物事の本質が眼前に現れてくる。その爽快感と飛翔感は、それまでの労苦を差し引いても余りある素晴らしく強烈な体験です。多くの研究者はその魅力に取りつかれているのかもしれません。
数学分野には、まだ女性研究者・女子学生が少ないですが、自然界という文脈を読み解くことが数学ですから、本来は女性にとってアプロ―チしやすいものです。また個人研究ですから、自分のペースで研究を進められますし、実験やフィールドワークなどがなく、紙とペンがあればいつでもどこでも研究でき、女性であるハンディが少ないように思います。そもそも最先端の研究は、多くの偶然の作用と、複雑に絡み合った能力の微妙なバランスの上にたって「自分」を表現するものですから、女性とか男性とか、そんな単純なことで向き不向きを論じられるはずもなく、一人ひとり個性の分だけ研究の表現形態はあるのです。自然はそれだけの懐を持っています。もっとたくさんの女性が参加することで数学が多様になると期待しています。
好きで情熱を傾けるにものに出会えることは幸福です。才能というけれど、すべてを犠牲にしても、という情熱があれば、道は開けると思います。一度しかない人生、好きを追求して欲しいと思っています。
もやもやとした解への道が、ある日、輝く光で満たされる。数学研究の醍醐味、そして喜び。
profile 小谷 元子 [大学院理学研究科 数学専攻 教授/総長特任補佐 女性研究者育成推進支援室 副室長] 1983年東京大学理学部数学科卒業、1990年理学博士。1999年東北大学大学院理学研究科助教授を経て、2004年から現職。2005年「離散幾何解析学による結晶格子の研究」により第25回猿橋賞を受賞。海外研究暦として1993年9月~1994年8月マックスプランク研究所(ドイツ)、2001年4月~11月高等科学研究所/IHES(フランス)、2006年2月~4月ニュートン研究所(イギリス)など。2008年~東北大学ディスティングイッシュト・プロフェッサー。日本数学会理事。専門は、数学分野幾何学、幾何解析学、離散幾何解析学。2006年より東北大学女性研究者育成支援推進室副室長として振興調整費による「杜の都女性研究者ハードリング支援事業」を推進。 |
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