vol.5
佐藤 陽子 [大学院工学研究科 バイオ工学専攻 応用生物物理化学分野 助教]

研究や仕事と同等、それ以上に子を生み育てることに“夢”を持てる社会を。

4歳と1歳半の2児の母。 「家でコーヒーをゆっくり飲める時間があれば、それがご褒美」と多忙を極める日々です。 北欧での子育ての経験から、「子どもは社会が育てる」という共通認識が必要なのでは、とお考えです。

佐藤先生

幼い頃から一貫していた“生物”への興味。

平安時代後期に成立した短編物語集『堤中納言物語』には、虫が大好きな「虫愛ずる姫君」が出てきますが、私も物心ついた頃からとにかく虫が好きで、一日中庭で探し回っているような子どもでした。もちろんお人形には興味なし。殺生が嫌いなので(笑)、標本にするようなことはありませんでしたが、何か変わった動きはしないかとじっと虫かごの中を観察していたものです。

大学では昆虫生態学を学びたいと思ったものの、生態学では高度な数学的分析手法が用いられると聞き、どちらかといえば数学が不得手だった私は、どうしようかなと逡巡し(笑)、当時新しい分野だった分子生物学なる存在を知りました。進路を決定付けたのは、大学3年生の折に聴講した郷通子先生(前お茶ノ水女子大学学長)の構造生物学の集中講義でした。この分野はおもしろい! と胸躍るような興味をかきたてられ、当時、郷先生が教鞭をとられていた名古屋大学大学院理学研究科に進みました。生物物理学で修士課程を修了したあとは、実験がしたいという思いが募り、現在の上司である魚住先生の研究室に移り博士課程を修めました。

分子生物学、生化学および生物物理学は、互いに関わりがあります。細胞は、細胞膜によって自身と外界を隔てています。私は、その生体膜上に組み込まれたタンパク質(膜タンパク質)が形作られる過程の解明を進めています。膜タンパク質の機能解析などについては、多くの研究者が取り組んでいて、近年知見が蓄積されつつあります。一方、組み込まれる過程の解析を担っている研究者は世界的にもみても、まだ少数です。未踏の領域を開拓する醍醐味は、不思議な虫たちを追いかけていた幼き頃の喜びと通じるものがあるかもしれません。

海外赴任先で第一子出産、夫のサポートで研究に専念。

2005年、ストックホルム大学に博士研究員として赴任したとき、実は第一子を妊娠中でした。しかし非常に理解のある上司で、仕事上の無用な気遣いなく産前産後休業を取得できました。海外での出産は不安がありませんでしたか?としばしば問われますが、世界中どこでも子どもは生まれていると考えれば、心配事も霧散します。ただ、もちろんスウェーデンも医療先進国ですが、何らかのリスクのある人は日本での出産がより安心かもしれませんね。出産後は、同じく研究員としてストックホルムに渡っていた夫が育児全般を担当してくれました。私が博士研究員として充実した2年間を過ごすことが出来たのは、夫のサポートのおかげです。

研究は属人性の高いものであり、その多くは余人を以って替え難い職務です。たとえばなんらかの事情で長期間休めば、そのポストが空いてしまうわけで、休業取得にあたっては心苦しさや遠慮があったり、人間関係上の困難を感じたりする方も多いと思います。幸いにも私は大学側の配慮でテクニシャン(実験補助員)をつけていただき、妊娠中も研究を継続できましたが、とりわけ実験系では出産・育児が業績のハードルになると考える方も少なくないかもしれません。

研究員として過ごしたスウェーデンとの安易な比較はしたくありませんが、彼の地では子どもは社会が育てるというコンセンサスが社会全体に通底していたように思います。ストックホルム大学の研究員も、子を持つことにまったく躊躇がないように感じられました。日本でも少子化対策が議論されていますが、将来的な社会の成員をみんなで育てる、子育ての負担をみんなが等しく負うのだという社会的な合意が必須だと思います。

育児は思うにまかせないことだらけです。時折「子どものことを考えれば、私が会社員だったほうがよかったかも」と気弱になることもありますが、もっと長いタイムスパンで子どもと向き合わなければなりませんね。

ストックホルムは「子連れがラク」な街でした。

佐藤先生 profile
佐藤 陽子
[大学院工学研究科 バイオ工学専攻 応用生物物理化学分野 助教]
1993年3月名古屋市立桜台高等学校卒業、同年4月静岡大学理学部生物学科入学、1997年3月同学科卒業。同年4月名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻修士課程入学、1999年3月同課程修了、取得学位:修士(理学)。同年4月同大大学院生命農学研究科生物情報制御専攻博士課程進学、2003年3月同課程修了、取得学位:博士(農学)。2002年4月~2003年3月 公益信託林女性自然科学者研究助成基金 林フェロー、2003年4月~2006年3月 日本学術振興会特別研究員(九州大学大学院 医学研究院、兵庫県立大学 生命理学研究科、ストックホルム大学 生化学生物物理学研究科)、2006年4月~2007年5月日本学術振興会海外特別研究員(ストックホルム大学 生化学生物物理学研究科)を経て、2007年5月より現職。


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