vol.6
栗原 和枝 [多元物質科学研究所 教授]
研究に打ち込める場所を求めて、世界を住処とする。継続は力なり-いつしか一筋の道に成る。
女性研究者が稀有な存在だった時代から、パイオニアとして国内外問わず活躍の場を広げてきた栗原先生。その道は決して平坦なものではなかったはず。しかし研究の魅力とやりがいは、多くの苦労を凌駕するものでした。
文系志向の理系進学。いつしか実験・研究の面白さにとりつかれて…。
研究者としての来し方を振り返るとき、岐路とおぼしき場面での自分自身の選択・決断もさることながら、周囲の人びとの支援やアドバイスによって導かれてきたという感を深くします。高校は、女子に門戸を開いた伝統ある元・男子校。クラスの約8割は男子生徒という環境にあって、女子生徒でも理系への進学を奨励する風潮があったのは確かですね。両親も「女性も手に職をつけるべき」という考えでしたから、理系に進んだのは自然な選択でした。もっとも両親のイメージしていた「手に職」とは、理科教員のような仕事だったようで、そういう意味では私はかなり“やりすぎた”のかもしれません(笑)。
興味があった職業は、当時、創刊の相次いでいた科学系出版物の編集者やサイエンスライター。私は文芸作品を耽読するような女子生徒でもありましたから、文系志向でもあったわけです。ですからお茶の水女子大学化学科に入学した際「科学的素養を広げるためにきました」と飄然(ひょうぜん)と挨拶し、大真面目なクラスメイトの顰蹙(ひんしゅく)を買ったものです(笑)。しかし、卒業も迫った折、「博士課程に進学して、研究者になって」と背中を押してくれたのも我が学友でした。
大学院に進み、実験・研究の面白さに目覚め、気がつけば幾度となく大海を渡り、世界を研究のフィールドとしてきました。研究の醍醐味は、深く観察し、気づきを基に仮説をたて、それを証明し、新しい知見として稔らせるプロセスにあります。セレンディピティ(偶察力)にも似たひらめきが訪れる瞬間は、研究者冥利のひとつともいえるでしょう。そして、得られた成果を世界各地にいる研究者仲間へとフィードバックし、客観的なディスカッションの中で、さらに成熟させていく――こうした積み重ねがオンリーワンの研究となっていくのです。
先駆者として、研究分野のフロンティアに新奇現象を見出す。
私は、バイオミメティック化学の萌芽期から機能設計を担ってきましたが、徐々にライフワークとして研究人生を賭す分野を希求するようになりました。そして20年余り前から取り組んでいるのが「表面力測定」です。これは分子・表面間相互作用を明らかにすると共に、“力”を観察量としてこれまで取り扱いにくいとされてきた複雑な現象に光を当てるもので、さまざまな新奇現象を見出してきました。化学と物理、生物をつなぐ表面力測定、そして計測が現象を説明するだけではなく、計測により新しいコンセプトを生み出し、将来的な材料設計に指針を与えるような物性研究の領域を確立したいと考えています。
研究者として必要な資質は? と問われることがありますが、分野や研究スタイルによってもおのずと異なってくると思います。真理の追究という孤高の営みには、根気強く考え続ける姿勢が求められるでしょうし、大勢で取り組むプロジェクト型研究ではコーディネイト力や協調性、大所から俯瞰する能力も必要になってくることでしょう。若き人材には、個々の性格や志向性に合った場所で、横並びではない、唯一無二の研究テーマを探究してほしいと願っています。
これまで研究の局面で、女性だからと意識したり/させられたりしたことはないと明言できます。お茶の水女子大学や東大の研究室の先輩には活躍する女性研究者が何人もいらっしゃり、駆け出しの頃は、幸いにもそれらの先輩の励ましや折々に声を掛けてくださる恩師や同志がいて、国内外にかかわらず研究を継続することができました。アメリカやスウェーデンにいた当時は、同じような境遇の女性研究者が、海外で活躍しているという風聞を耳にすることもあり、やはりどんな分野でも先鞭をつけるということは、時に、思いもしない困難を伴うのだということを実感しました。
未知の領域を拓く試みはこれからも続きますが、私の歩んできた道程が、若いみなさんに続く道となっているならば、それは望外の喜びです。
学生さんとの何気ない会話が、目下のストレス解消法。
profile 栗原 和枝 [多元物質科学研究所 教授] 1979年3月東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、同年東京大学生産技術研究所技官、1987年科学技術振興事業団、国武化学組織プロジェクトグループリーダーなどを経て、1992年名古屋大学工学部・助教授、1997年東北大学反応化学研究所・教授、2001年より現職(改組による)。専門分野は、表面力測定、分子組織化学。1997年6月「分子組織体の構造と相互作用の研究」により日本女性科学者の会・奨励賞、2000年3月「表面力測定の展開と分子組織体の相互作用の研究」により日本化学会・学術賞。2005年~日本学術会議会員、2009年6月~IACIS(国際コロイド・界面科学者連盟)President-elect |
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