vol.7
山本 照子 [大学院歯学研究科 顎口腔矯正学分野 教授]

真の医療人は、「誠実」という名の土壌に育まれる。

柔らかな関西弁から紡ぎだされるのは、研究・教育・診療への熱く滾る想い。留学生を含む多くの学生を抱える研究室にあって、次代の人材育成を双肩に担う山本先生。医療人として“誠実であること”の重要性を繰り返し説きます。

山本先生

「基礎」「臨床」が両輪を成して、研究の推進力に。

現在、山本研究室は60名に達しようという大所帯です。外国人留学生も多く、矯正歯科治療がQOL向上に資するという点からも、要請の高い/高まっている医療であることがわかります。この一文に目を通している方のなかにも、不正咬合(歯並びや咬み合わせ)の治療を受けた人もいらっしゃることでしょう。矯正歯科治療はそれに加えて、顎変形症による咬合異常、さらに口唇裂・口蓋裂、その他先天異常に伴う不正咬合をも治療対象とします。顎口腔矯正学分野の研究という側面から捉えると、前述の診断や治療に関する「臨床的研究」と、歯の移動メカニズムの解析やメカニカルストレス(生体応力)応答機構の解析などの「基礎的研究」があります。さらには、顔貌が変わることによる心理的・精神的変化の研究など、その領域は非常に広範にわたります。当該分野は「臨床」と「基礎」が車の両輪となり、研究への推進力が発揮されていると言えるでしょう。

私はこれまで歯科矯正学に関わりのある最先端の基礎研究の場に身を置いていても、常に「患者さんのための医療」という信念に立脚してきました。おのずと臨床にも軸足を置くことになりますが、それは患者さんに心を寄せる医療人でありたいという個人的理念の発露かもしれません。

歯科矯正学分野での生化学的アプローチは、私がその草創期から取り組んでいるものです。これまでにも多くのことを見出してきましたが、最新のトピックとして、歯の見かけの形だけではなく、機能的な再生をもめざした人工歯胚の再生が挙げられるでしょう。まず、私たちはヒトの歯の根の周りにある歯根膜細胞の中に、骨、軟骨、脂肪組織、神経細胞などに分化する能力を持つ幹細胞が存在することを突き止めました。そして、辻孝教授(東京理科大学)率いる人工歯胚再生研究グループとの共同研究にて、マウス胎児歯胚から人工歯胚を作成し、口腔内への萌出、機能解析を行いました。この歯や歯の周りの組織を再生する研究は、最近、共同論文として編まれ、世界中から注目を集めています。歯の再生は、多くの人の願いなのではないでしょうか。夢を夢で終わらせないために、研究者の懸命な取り組みが続いています。

学生時代は“成長の季節”。 その自覚が大きな稔りをもたらす。

かつて私が留学先で、その後の根基となる基礎研究に取り組んできたように、今、研究室で学んでいる留学生のみなさんも、歯科矯正学の最新の知見・技術を貪欲に吸収していってほしいと願っています。彼/彼女たちが母国に戻るということは、すなわち日本の教育が世界に広まることを意味します。後進を導く~人材を育成する~ことの責務に居住まいを正さずにはいられません。

医師を始めとする医療サービスの提供者には、インフォームド・コンセントが努力義務として掲げられています。治療方針、副作用や成功率、費用までも含んだ正確な情報を伝え、ご理解いただき、合意を形成していくためにはコミュニケーション力が必須です。特に矯正歯科治療においては、顔や口の変形に対する審美性回復を最たる目的とする患者さんも多いですから、時にデリケートな問題を内包します。社会は多様な文化・価値観が渦巻く世界です。学生さんたちには、まず人と人とが触れ合うコミュニケーションスキルとともに、社会的人間としての常識、振る舞い、センスを身につけて欲しいと思っています。そうした資質は開かれた場でのディスカッションで磨かれるものなのかもしれませんし、耳障りの悪い評価も真摯に傾聴する姿勢が育むものなのかもしれません。ぜひ一生懸命に多くの双方向コミュニケーションを図り、客観的評価に触れてほしいと願っています。私も教員として成長を願い、厳しく意見することもあります。

学生さんたちは、大学を出れば誰もが独立独歩の道を歩まなければなりませんが、教育・情報がふんだんに与えられる時期は今しかありません。そうした“成長の季節”であることの自覚は、自らを豊かに稔らせてくれるはずです。そして、真の医療人とは「誠実」という名の土壌で成熟していくことを、最後に付け加えておきましょう。

絶えざる学徒であり続けること。初心を忘れない謙虚さも医療人として必要な資質ですね。

山本先生 profile
山本 照子
[大学院歯学研究科 顎口腔矯正学分野 教授]
1975年大阪大学歯学部卒業、大阪大学歯学部歯科矯正学講座附属病院矯正科、同大生化学講座(歯学博士)、University of Connecticut Health CenterおよびMerck Sharp & Dohme Research Laboratoriesなどを経て、1995年徳島大学歯学部歯科矯正学講座教授、1997年岡山大学歯学部歯科矯正学講座教授、2004年日本学術振興会学術システム研究センター研究員併任、2006年より現職。第20期-第21期日本学術会議連携会員。


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