vol.8
辻村 みよ子 [大学院法学研究科 教授]

女性の活躍を阻む閉じられた社会から、男女共同参画社会へ。ジェンダー平等の難問に、法学的アプローチ。

立ち塞がる男性社会の「壁」を前に、悲憤と失意の底で涙することは、私の世代で終わりにしてほしいと語る辻村先生。現在は“日本社会の最重要課題”のひとつ、男女共同参画社会づくりに向けてエネルギッシュに東奔西走する日々です。

辻村先生

平和を希求する原体験が、法学研究の原動力に。

原体験とは、思想や行動様式に影響を与えた幼少年期の体験のことですが、そういう意味では、かの“ヒロシマ”で被爆者である養父母の元で育てられた私が、平和と憲法について深く思索するようになり、法学研究への興味を募らせていったのはごく自然の成り行きと言えるかもしれません。学び舎となった一橋大学では、約800名の学生のうち女性は10名、法学部は2名だけという心許なさでしたが、女子端艇部(ボート部)で汗を流す傍ら、司法試験の受験、国際会議への参加など、4年間は矢の如く過ぎていきました。

私の憲法学研究者への道は、フランス革命期に生きた女流劇作家オランプ・ドゥ・グージュとの邂逅によって拓かれたと言っても過言ではありません。1789年のフランス人権宣言は“市民権を持つ白人の男性” だけのものであると批判したグージュは、1791年「女性および女性市民の権利宣言」を発します。その内容は「女性は断頭台にのぼる権利があるのと同様に、演壇にものぼる権利がある」(同第10条)と、高らかに女性の政治的権利を主張したものでした。そのグージュが、ジョコバン政権を批判した咎で1793年11月ギロチン台の露と消えたのは皮肉としか言いようがありません。ちなみにマリー・アントワネットが刑死したのは、その約2週間前のことです。

私がこの時代の先覚者と出会ったのが、フランスに短期留学をした1973年。当時、日本においてはほとんど未知の存在であったグージュの足跡を知らしめんと、最初の論文(同宣言の全訳と解説)を『法律時報』(1976年1月号)に掲載。1978年にはフランス革命期の憲法原理をテーマとして博士課程単位修得論文を提出し、憲法学研究者としての職を求めました。しかし、研究に人生を賭すことを決心した私を待ち受けていたのは、荊棘の道。女性研究者が職に就く艱難辛苦と対峙しなければなりませんでした。

研究成果で評価されない“男性社会”のなかで孤軍奮闘。

当時は、憲法学界は「男性社会」そのものでした。女性研究者は皆無に近く、「女性は憲法には向かない」と峻厳と言い放たれる~今から思えばおよそ信じ難い~世界でもあったのです。助手と非常勤講師を経て、専任講師の職を得ることができたのは、32歳の時。学生結婚をし、“就活”の間に子を授かりましたが、夫(法学者、専門は国際私法)が「胎教に悪いから」と友人の就職話を隠していたのは、当時の笑えないエピソードです(笑)。この時、私を苛んだ焦燥感や被差別感は、第二の原体験とも言えるものです。

ファイト・オア・フライト(闘争か逃走か)。私が選んだのは、そのどちらでもなく、性別に関わらない普遍的基礎理論研究に真摯に取り組むことでした。いくつもの学会の事務局員を引き受け、「受付の顔」といわれたのもこの頃。学会後の懇親会も皆勤賞(笑)。しかし、夜遅く帰宅したら、子どもが熱を出していて肝を冷やしたこともあります。仕事と子育ての両立はできていたのかと自問せねばなりませんが、長女は美術の才を生かしプロダクトデザイナーに、次女は研究者を目指し、海外大学へPh.D留学(経済学)しているところをみると、それぞれが親の背中を横目で眺めながら(笑)、のびのびと独立心旺盛に育ってくれたのではないかと思っています。

奇しくも「男女共同参画社会基本法」が制定された1999年、国公立大学法学部初の女性憲法学教授として本学に着任しました。男女共同参画委員会副委員長として大学の男女共同参画推進活動に携わり、21世紀COEプログラム「男女共同参画社会の法と政策」を経て、グローバルCOE「グローバル時代の男女共同参画と多文化共生」(共に拠点リーダー)へと成果を深めています。男女が互いに人権を尊重しつつ、持てる個性と能力を十分に発揮できる社会の実現までには、かなりの径庭があることを認めなければなりませんが、男女がともに同じジェンダー問題に向かい合うことをはじめの一歩とし、千里の道を歩んでいきたいと思っています。

女性の利益のためだけではなく、男女共にジェンダー法学を研究する意義と重要性を広めていきたい。

辻村先生 profile
辻村 みよ子
[大学院法学研究科 教授]
1972年一橋大学法学部卒業、1978年一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学、1990年法学博士(一橋大学)。成城大学法学部教授、パリ第二大学研修などを経て、1999年東北大学法学部教授(国公立大学法学部初の女性憲法学教授)、2000年より現職。東北大学ディスティングイッシュト・プロフェッサー、日本学術会議会員、ジェンダー法学会理事長、グローバルCOE「グローバル時代の男女共同参画と多文化共生」拠点リーダー。専門:憲法学・比較憲法・ジェンダー法学。著書に『人権の普遍性と歴史性』(創文社、1992)、『女性と人権』(日本評論社、1997)、『市民主権の可能性』(有信堂、2002)、『比較憲法』(岩波書店、2003)、『憲法(第三版)』(日本評論社、2008)、『憲法とジェンダー』(有斐閣、2009)Egalite des sexes: la discrimination positive en question(la Societe de Legislation Comparee,2006,dir.avec D.Lochak)等多数。1990年第7回渋沢・クローデル賞、2009年度第2回昭和女子大学女性文化研究賞受賞。


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