vol.11
嵩 さやか [大学院法学研究科 准教授]
1998年3月東京大学法学部卒業、同年4月東京大学大学院法学政治学研究科助手、2001年7月東北大学大学院法学研究科助教授、2004年9月~2006年8月日本学術振興会・海外特別研究員としてフランス・ナントにて在外研究、2007年4月より現職。2005年3月労働問題リサーチセンター・冲永賞受賞<嵩さやか『年金制度と国家の役割-英仏の比較法的研究に基づく基本的考察-(1)~(6・完)』(法学協会雑誌掲載)>、2005年10月日本社会保障法学会・学会奨励賞受賞<嵩さやか『年金制度と国家の役割-英仏の比較法的研究に基づく基本的考察-(1)~(6・完)』(法学協会雑誌掲載)>
研究の王道は「継続」。
変容を遂げる“現場”で、
考究と思惟の炎を灯し続けたい。
「明日も仕事ができると思わないこと」と並々ならぬ緊張感とともに、
研究・仕事と子育ての両立を図る嵩先生。できれば若いうちにやっておきたいこととして
海外留学と人的ネットワークづくりを挙げてくださいました。
指導教員の勧めで、公務員志望から進路転換、研究者へ。
私は、少年・青年期の頃から「一生働き続ける」というライフスタイルに、疑問を差し挟んだことがありません。どこで何をして働くか、ということが重要であり、興味の引かれるところでした。今は研究者と呼ばれる立場になりましたが、そもそも大学に残ることは考えの外でした。大学には理科一類で入学したのち、(学部)後期課程からは法学部へと進みました。この進路変更は、公務員・民間企業の就職試験を意識してのこと。身近なロールモデルとして国家公務員だった父の存在があり、その影響も多分にあったかもしれません。
最近の学生さんは3年生の秋には本格的な就職活動を始められるようですが、私たちの頃は4年生になってからやっと重い腰をあげる、という状況でした。のどかな時代だったのですね。私は「社会保障法」のゼミを履修していましたが、5月頃、指導教員から「研究室の助手として、さらに研究を深めてはどうだろう」というお誘いを頂きました。当時、社会保障法は行政法や労働法の研究者が、派生領域として取り組んでいることも多い分野で、専らとする人が少なかったのです。ぜひとも専門家を育てたいという先生の意向と、「学究の徒として働ける!」という私の胸算用が一致したというわけです(笑)。向学心と探求心は比較的ある方だったので、まさに渡りに船。そこから法律の専門家としての道を歩み始めます。
私が取り組むのは、イギリスやフランスの年金制度の発展の歴史と近年の動向です。社会保障制度というのは、国の歴史、国民性・気質、文化を背景とすることは言うまでもありません。そういう意味では、2年間のフランス留学の機会を得、文献にあたるだけではなく、身をもって彼の国のことを知ることができたのは非常に幸いでした。時に冷や汗をかきながら仏語でコミュニケーションし、人脈を広げたことも、大きな財産になりましたね。最近、在仏時の指導教員が上梓された御本を翻訳しようという企画も立ち上がり、研究によって結ばれた縁が、具体的な形となりつつあるのをとてもうれしく思っています。
仕事時間の減少を、効率化、質的向上でカバー。
半年前の4月に育児休業を打ち切り、復職しました。本来取得できる期間を6カ月残していましたが、新学期から教壇に立ちたいという思いがありましたし、先輩教員から「一年も休むと“現場の勘”が鈍るわよ」とアドバイスされたためです(笑)。私たちの研究・仕事はマルチタスクな部分があり、頭のなかでは常に思索している状況です。また、法改正や最新判例、社会的動向の変化など、アンテナを高く掲げていなければなりません。現役を引退したアスリートのフィジカル面の衰えは、非常に早いと聞きます。私たち研究者も同様で、“現場”に居続けることこそが肝心なのです。
もちろん育児負担によって、研究や仕事に費やせる時間は減りましたが、質的向上を図ることで従前と同等の成果をあげたいと努力しています。まさにNever put off till tomorrow what you can do today.(今日できることを明日に延ばすな)。何事にも緊張感をもって臨み、短時間に集中して仕事に取り組んでいます。もちろんひとりで困難な局面があったら、無理せずに支援を求める姿勢も大事ですね。家庭内では自営業(弁護士)の夫が、子育てを積極的に担ってくれていますし、学内ではワーキングマザーの教員・職員の方たちと育児についての情報交換をしています。
趣味はワイン。留学中はたびたびワイン産地を訪れ、葡萄畑を歩き回ったものです。ワインは瓶に詰められた後も熟成し続け、風味が変化していきます。私たち研究者も同様に、既得の知見を固定的に捉えず、周辺視野を広げて取り組んでいくことで、研究が新しい妙味を醸してくることもあるでしょう。私はそれを醍醐味と呼びたいと思います。
[研究内容紹介]
生活上の困難を抱え、保障の必要な社会の成員に対して、国や地方公共団体などが行う給付行為をめぐる権利・義務について定められた「社会保障法」。中でも介護問題や年金問題などは、現代社会が直面する重要課題といえるでしょう。嵩先生は、主にフランスの年金制度の発展と現在の動きを考察することにより、高齢化時代における年金制度の役割や老齢のリスクの変容についての研究に取り組んでいます。さらに、近年の社会福祉の領域に顕著に見られる社会保障法における契約秩序・民法秩序の浸透という現象を受けて、市民社会における個人・社会・国家の相互関係や、法体系における社会保障法の位置づけを探究しています。
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