vol.13 [研究者対談]
丸山 良子 [大学院医学系研究科 保健学専攻 看護アセスメント学分野 教授]
千葉大学看護学部看護学科卒業、1984年同大大学院看護学研究科修了、1988年同大大学院医学研究科修了。医学博士。1988年千葉大学医学部非常勤講師、1990年労働省産業医学総合研究所労働保健研究部、1997年宮城大学看護学部助教授、2002年広島国際大学保健医療学部教授、2003年同大看護学研究科教授、2005年東北大学医学部保健学科教授、2008年より現職。専門は、基礎看護学、呼吸生理学、環境生理学。著書に、『トートラ人体解剖生理学』(共著、丸善2002年)、『ケーススタディ看護形態機能学』(共著、南江堂2003年)『呼吸器の症状とアセスメント-呼吸器ケア』(メディカ出版2005年)、他。
朝倉 京子 [大学院医学系研究科 保健学専攻 看護教育・管理学分野 教授]
1991年3月日本赤十字看護大学看護学部看護学科卒業、同4月日本赤十字医療センター勤務(看護師)、1997年3月日本赤十字看護大学大学院看護学研究科修士課程修了、2000年3月同大大学院看護学研究科博士後期課程単位取得済満期退学、同6月厚生省健康政策局看護課保健師係長、2001年3月博士(看護学)学位取得、2002年4月新潟県立看護大学看護学部助教授、2009年4月より現職。専門は、理論看護学、看護教育学、看護管理学、ジェンダー研究。2006年6月日本保健医療行動科学会中川記念奨励賞受賞。
しなやかに、凛と、力強く。
看護学発展期を支えていく。
取材陣の緊張を解きほぐしてくれるかのような笑顔で、会場のドアを開けられた丸山、朝倉両先生。科学への萌芽がきざした幼いころの話に始まり、まだ黎明期の学問分野を修める苦労、ジェンダーバイアス、ロールモデルの存在/不在、これからの目標など、話題は縦横に広がりました。
はっきりとした将来像を結ぶ間もなく、「面白い」という感懐に導かれて歩んできました(丸山)
丸山 研究者の道に進んだきっかけということですが、私の場合は医療系への興味や関心も、そして研究者/教員になりたいのかどうかも、自分の中ではっきりとした像を結ばないまま、「面白い」という感懐に導かれて歩んできたようなものなのです。ただ小さい頃から生き物に対する興味は人一倍だったようで、朝早く起きては、誰に言われるでもなく自然観察を日課としていました。その頃は、暮らしと自然が近接していて、そこここに色濃い生命の息吹が満ちていたのです。植物や昆虫などいろいろなものを蒐集しては、母親を驚かせていました。そして共働きの家でしたから、いずれ私も働いて自立・自律するのだという意識や職業観が自然に涵養されていったように思います。高校卒業後の進路選択の折も、両親からの示唆や要望というものはなかったですね。あなたの好きな道を行きなさい、というわけです。海外の大学に行きたいと言っても喜んで送り出してくれたと思いますね。その点にはとても感謝しています。医療系の大学に進みましたが、これは生きとし生けるものへの関心が、特にヒトへの興味に変わっていったということでしょう。朝倉先生は学童期・青年期にはどんなことに興味をもたれていたのですか?
朝倉 私が通っていた高校は、中高一貫の教育実験校で、教諭も修士の学位を持っていたり、教えながら論文博士を目指したりなど「科学的な視座」を前提とする学校だったのです。私はとりわけ生物に興味があって、必修の科目以外に実験中心のクラスも選択していたほどで、ゆくゆくは生物学者になりたいと思いを巡らせていました。実験生物を担当してくださっていたのは女性教員で、博士号を持つ非常勤講師でした。その事実に対峙して「学問を深く究めたのに正規教員ではないなんて」と多感な私は静かな憤りを感じたものです。もちろんその考察と思弁に未熟・未消化なところはあったかと思いますが、男性中心の科学の世界で、女性が研究者として自由闊達に活動するのは多事多難なことではないかと感じたのも事実です。こうしたジェンダー(社会的・文化的な性のありよう)への視点は、その後の研究課題に通底しています。
「看護学とは新しい科学である」、偉大なロールモデルが放った言葉が、私の目を開かせてくれました(朝倉)
丸山 どのような契機で医療系に進まれることになったのですか?
朝倉 私は専業主婦だった母から、女性らしい職業、人を癒せるような仕事に就いてほしいと言われ続けてきました。いつか家庭に入るのだから看護職がよいのでは、というわけです。科学の世界で学び研究したいと希求する私は、かなり葛藤しました。そうした苦悩を晴らしてくれたのが、運命的ともいえる出会いでした。たまたま足を運んだ看護系大学のオープンキャンパスで、日本の看護師としては初めて米国コロンビア大学(世界で始めて4年生の看護学部を擁した)で博士号を取得した樋口康子先生のお話を拝聴する機会を得たのです。先生は「看護学とは新しい科学である」と高らかに宣言されました。少なからぬ驚きをもたらしてくれたこの言葉は、私の未来を拓く鍵になってくれたようにも思います。自分の可能性の扉が開いたような気がしたものです。
丸山 朝倉先生の志向とお母様のご希望とが、合致したということですね。先生の場合は、樋口康子先生という素晴らしいロールモデルとの邂逅があったようですが、私の周りには規範となるような先輩がいませんでした。もちろんゼロではありませんでしたが、研究や教職の第一線で活躍するのではなく、補助的な役割を担っている方がほとんどでした。そういう時代だったのです。だからと言って、私が女性ならではの差別/区別に見舞われたということは一度もなかったですね。鈍感だったのかもしれませんが(笑)。大学院では、私が女性初の博士課程進学者だったのですが、指導教員をはじめ周りの方のほうが「なんとしても博士の学位を取得してもらわなくては」とプレッシャーに感じておられたように思います(笑)。私の方とはいえば、そんな期待もどこへやら、なんとものんびりとしたものでしたが、実験系の研究がとても楽しく、目の前にある興味を夢中で追いかけているうちに、成果が積み上がってきたように思います。
広い視野と柔軟な思考力、物事をいろいろな角度から捉える複眼的な洞察力が不可欠(朝倉)
丸山 どのような契機で医療系に進まれることになったのですか?
朝倉 看護学は、米国において1960年代頃から科学としての道を本格的に歩み始めた新しい学問です。日本においては1990年代後半になってやっと大学院における教育システムが整い、看護学博士号取得者を輩出するようになりました。私が学んだ時期は、いわゆる看護学の黎明期でもあったわけですね。ですから学部生の折は、実践と科学のはざまでかなり混乱したことを覚えています。どちらかといえば臨床経験が重視され、看護学を究めたければ看護師として“現場”を踏むべきと推奨されていました。私も卒業後の4年間は看護師として働きました。確かに臨床の現場は、非常にダイナミックな事象・変化が日々繰り広げられる場所です。しかし多忙を極めるなかで、ひとつの現象や問題を深く思索する余裕もなく、またそれを分析したり理論に展開したりする力も持ち合わせていないことに気づきました。大学院に進学することは、私にとっての必然と思えました。しかし他方では、そろそろ結婚して家庭に入るべきと意見されることもあったのです。ここでもジェンダーとの闘いがあったことを申し上げておかなくてはなりませんね。結局は研究者としての道を選びました。大学院での学びはとても面白く、渇いた砂がどんどん水を吸い込むように、4年間のブランクを埋めていったのです。経験に「科学の視点」が与えられた瞬間でした。
丸山 確かに看護学を修めるには、最低3年間の臨床経験を積むべきという通念がありますね。なるほど現場では得難い体験ができるのですが、「鉄は熱いうちに打て」の諺の通り、思考し探究する能力は、頭脳・精神ともに柔軟で吸収力のある若いうちに鍛えるべきというのが、私の経験を通じた感懐です。
朝倉 そうですね。フィールド目線というのは欠くべからざるものです。ただ世界に問う研究成果をあげるという観点からは、やはり若い時から専心できる時間が必要になってくるでしょう。看護学は、生物学、医学、社会学、心理学、哲学などにもまたがる学際的領域です。ひとつの理論に当てはめて導いた結果でも、別の理論からみると違う分析が成立します。硬直した視点からではなく、多面的・多角的視野でとらえることが肝要であるということを学生さんにはいつも伝えています。
日々を真摯に着実に積み重ねる姿が、誰かのロールモデルになるのだとしたら、それは無上の喜び(丸山)
丸山 私たちの研究室が取り組む「看護アセスメント学」は、生理学的手法から科学的検証、評価、理論的な裏づけを与えようとする分野ですが、百人百様という言葉が示すとおり、概念、理論、定義、公式にすべてが例外なく当てはまるわけではありません。科学的にはなりえない部分、一筋縄ではいかないところが、研究者をとらえて離さない魅力なのかもしれません。わからないものはわからないと言える勇気と謙虚さも、あるいは研究者に必要とされる資質なのかもしれません。学生さんには、「誰かの役に立ちたい」という青雲の志をいつまでも抱き続けてほしいと願っています。
朝倉 私の職業人としてのミッションは、「看護師の社会的地位を向上させる」ということに尽きます。最近では男性看護師の姿も見かけるようになりましたが、全国の看護職約130万人のうち、95パーセントが女性です。大卒看護職が増えつつあるというものの、全体的に見れば専門職としての自尊意識は高いとはいえません。離職率も高いですし、子育てを終えたあとに復職される方も多くありません。もちろん職業観は種々相を描くものですが、看護師が自身のキャリアを積みつつ、イキイキと働ける環境づくり、社会から正当で適切な評価を得られ、報酬にも反映されるような仕組みづくりのために尽力していけたらと考えています。
丸山 私たちの共通点は「単身赴任者」であるということなんですよね。二人とも住まいは東京にあって、それぞれの配偶者が住んでいます。
朝倉 研究者/教員の間では決して珍しいことではないのですが、単身赴任のあり方が逆で、驚かれることも多いですね。
丸山 女性の働き方としてこういう形もあるのだということが、ごく自然に受け入れられるようになって初めて、女性が働きやすい社会であるといえるのではないでしょうか。
朝倉 そう考えると、私たちの使命と責務に、後進のための“露払い”をするということもありますね。どんな歩みでもたゆまず進めていくことで、道も拓けてくるとのではないでしょうか。
丸山 そう思います。日々を真摯に着実に重ねる姿が、誰かにとってのロールモデルになるのだとしたら、これほどうれしいことはないですね。お互いにがんばりましょう。
[丸山研究室・研究内容紹介]
保健学専攻設置に伴い、2008年4月にスタートした「看護アセスメント学分野」では、看護の対象とへの適切な日常生活援助を行うために必要なアセスメントの方法、さらに科学的根拠に基づく看護援助技術の開発及びその検証を行うことを目的としています。具体的には、「看護技術の科学的実証に関する研究」「性ホルモンと自律神経活動について」「環境や生活習慣が生体に及ぼす影響に関する研究」「創傷治癒過程における自然免疫機構の解明」などの研究を行っています。
[朝倉研究室・研究内容紹介]
2010年4月に新設された「看護教育・管理学分野」が取り組むのは、看護職の生涯教育や人材開発、人材管理に関連する研究。主なテーマ・課題に「看護職の専門職的自律性、自律的な臨床判断、反省的思考に関する研究」「看護職の国際移動に関する研究」「看護現象のジェンダー分析に関する研究」「看護職のワーク・ライフ・バランス、ストレス、職業継続等に関する研究」などがあり、これらの考察と探究を通じて、看護職の社会的地位の向上、あるいは看護職の専門職性を高めることによるケアの質向上、さらには看護職特有のキャリア支援やストレスマネジメント等に関する具体的な成果を上げ、社会的に還元していくことを目指しています。