vol.15 [研究者対談]
寺尾 文恵 [大学院歯学研究科 口腔保健発育学講座 顎口腔矯正学分野 助教(現:九州大学大学院 歯学研究院口腔保健推進学講座 歯科矯正学分野 助教)]
2004年3月東北大学歯学部歯学研究科卒業、2008年3月同大大学院歯学研究科博士課程修了、博士(歯学)。2008年4月同研究科非常勤講師、2008年10月東北大学病院附属歯科医療センター医員、2009年より現職。歯科医師、日本矯正歯科学会認定医。2007年9月第66回日本矯正歯科学会大会優秀発表賞。

米本 みさと [大学院薬学研究科 分子変換化学分野 助手]
2004年3月昭和薬科大学薬学部生物薬学科卒業、2006年4月東北大学大学院薬学研究科博士課程前期2年の課程入学、2008年3月同課程修了、薬学修士。2008年4月東北大学病院薬剤部勤務、2009年4月より現職。専門は、新規分子変換反応の開発。

対談

自然体で、気負いなく。
等身大の
ロールモデルでありたい。

ともにサイエンス・エンジェル※(以下SA)を務められた経験のある寺尾先生、米本先生。これまで面識はあったものの、言葉を交わすのは初めてということで、やや緊張気味のスタートでしたが、SAの思い出話の頃から話に弾みがつき、最後は再会を約して散会。イキイキと飾り気のない言葉の中に、若き女性研究者のポジティブな輝きが宿っています。

寺尾先生

成績ではなく、やりたいことを進路選びの指標に、と導いてくれた高校の先生に感謝(寺尾)

寺尾 米本さんとは、SAの同期(2期)ですが、なかなかタイミングが合わなくて、会話を交わしたことはなかったですね。

米本 寺尾先生はSA立ち上げの1期も務められているんですよね。ミーティングでご一緒する機会はありましたが、お話するのは初めてです。今日は楽しみにしてきました。

寺尾 早速ですが、米本先生が、自分の将来に続く具体的な進路を意識された時期はいつ頃でしたか?

米本 高校生の頃でしたね。私は化学、とりわけ有機化学が大好きだったんです。今考えると思い込みのきらいも無きにしもあらず、でしたが(笑)、新しい反応や物質を見出し、未知の領域に深く入り込む魅力に取りつかれていて、とにかく有機化学を学びたいという気持ちが強かったのです。工学系の研究者/大学教員である父に相談したところ、「有機化学は薬学にとって最も重要な分野のひとつだし、薬の合成には欠かせない学問だから薬学部に進んではどうだろう」とアドバイスしてくれました。それが進路決定の鶴のひと声になりましたね。高校生の頃は、研究者になるという将来的なイメージはなかったのですが、今となっては「親の背中を見て育つ」の言葉の通り、父の影響があったことは否めないかもしれません。あまり大きな声では言いたくありませんけれど(笑)。寺尾先生はいかがでしたか?

寺尾 私もやはり高校生の頃だったと思います。小さい頃から医療従事者への憧れがあったこと、そして“手に職”をつけて自立できる仕事を、ということで歯学部への進学を決めました。米本先生が進まれた薬学部にもかなり興味があったんですよ。実は、学業という点では文系科目のほうが得意だったのです。物理などは苦手と言ってもよいほどで…(笑)。でも、担任の先生は「成績が、向き不向きの指標ではない」という理念・方針をお持ちで、やりたいことや適性を重視して決めたほうがよいと指導してくださいました。高校生のときの周囲の意見、それも経験に裏づけされた大人の見識というのは、大きな影響力を持つものですが、将来を見据えた助言や示唆を与えてくれた先生にはとても感謝しています。

有機化学は“料理”。私だけのレシピと隠し味で、誰も作ったことのない奇抜な料理《新しい反応》を探索したい(米本)

寺尾 どのような経緯で研究者の道に進まれたのですか?

米本 修士課程を修めてから1年間、病院薬剤師として働きました。大きな組織の中の、限定的な場で、自分の知見と能力を発揮することが求められる仕事を続けるうちに、研究のフィールドに戻りたいという思いが募ってきました。両親に相談したところ、勉強をしたいだけやりなさいと背中を押してくれました。もはや“推奨”に近かったかもしれませんね(笑)。そして現在所属している研究室で職員のポストがある、人手も不足しているからぜひ来てほしい、とお声掛けいただき、現在に至るという感じです。

寺尾 米本先生は、実践の場に身を置かれた経験があるのですね。私たちの取り組みは、臨床と研究が両輪を成しています。臨床の場で疑問とされたことが、研究の場へと取り込まれて、考察と探究が重ねられ、やがて成果が臨床にフィードバックされていくという構図です。これは私たちの研究の強みでもあるし、発展のための推進力になっていると思います。

米本 有機合成化学の分野は、2010年のノーベル化学賞(『有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング』、根岸英一、鈴木章、リチャード・ヘック)によって、一般の人びとの注目を再び集めるようになりました。有機化学はたびたび「料理」に例えられます。レシピをつくり、そこに隠し味を添加し、新しい料理を開発していく、というものです。私は、今までにない、誰もつくったことのない、人びとをあっと言わせる“奇抜な料理”、まったく新しい反応の開発を目指しています。

対談

手探り状態だったSAの黎明期。アウトリーチ活動で、歯の相談をされたのも懐かしい思い出(寺尾)

寺尾 SAについてぜひ紹介したいですね。私たちが活動したのはSAの黎明期で、先例もなく手探りで取り組んできたようなところがあると感じるのですが、特に印象に残っている思い出はありませんか?

米本 小さい子どもたちに科学の面白さを伝える、というイベントがあって参加しました。こうした“専門的なことをわかりやすく簡単に説明する”というのは、実はとても難しいですよね。私はなるべく身近に感じてもらえるようにと、インフルエンザ治療薬タミフルの構造模型をつくって臨んだのですが、お子さんといっても2~3歳ぐらいの幼児で、私が何を言っても「???」という様子でした。地学専攻のSAは、化石を触ってもらっていたようなのですが、そちらは人気があり、ちょっと寂しかったですね(笑)。

寺尾 確かに学会発表とは勝手が違って、専門用語を用いずに説明するのは困難を伴いますよね。私も小学生を対象とした科学館でのイベントで、動物の歯がどのように発生していくのか、顕微鏡写真や模型を駆使して説明していたのですが、引率の保護者の方が熱心で…。どのように熱心かというと、「入れ歯の調子が悪い」とか「この歯は抜いたほうがいいかな?」という相談をされてくるのです(笑)。これにはちょっと返答に困ってしまいましたが、おもしろい経験でした。

米本 専門家と話ができる良い機会と思われたのでしょうね。私はSAのミーティングのときにお目にかかるドクター(博士課程後期)の先輩たちがとても明るくてステキでかっこよくて、良い刺激になりました。いきおい研究がハードワークとなる有機化学の分野では男性がほとんどで、ロールモデル的な存在がいません。でもSAの先輩と接して、研究に打ち込みながらも、自分らしくあることは可能なのだ、と目を開かされた思いでした。

寺尾 オープンキャンパスでは、SAと女子高校生がひとつのグループになって、進路や将来について話し合う企画があります。初めは、何かためになることを話さなくてはと身構えていましたが、等身大のロールモデルという意味で、ありのままを見てもらうことが一番だということに思い至りました。いまどきの女子高校生は将来のことをとても真剣に考えていますね。その頃の私はそれほどまで深く考えていなかったのに、と感心することしきりです。必ずといってよいほど寄せられる質問に「どれぐらい勉強すれば合格できますか」というものがありますが、こればかりはお答えできる最適解がありませんね。

米本先生

若手の私も求められているのは先生と学生さんを架橋する役割。頼れるお姉さんでありたい(米本)

寺尾 自分が学生さんに教える立場になって初めて、教授する難しさを感じています。逆に、教えられるというのは有難いことなのだと、今になって痛感しているところです(笑)。先輩のお話を伺うと、以前は教員になれる女性も限られていたということですから、私たちは恵まれているという自覚を持つことも必要でしょう。時代性と言い切ることは簡単ですが、その前に道を拓いてくれた先達に感謝しなければなりませんね。

米本 最近「学生みたいな先生もいるんですね」と学生さんから言われ、反省しているところです(笑)。若手の私が研究室のなかで求められていることは、先生と学生さんの間を架橋する役割だと思っています。中にはコミュニケーションを不得手とする学生さんもいますから、様子をみて、元気がないようだったら、こちらから何気なく声を掛けるなどの配慮を怠らないようにしています。研究室には女子学生もいますので、気軽に相談できる頼れるお姉さんでありたいですね。とはいえ私も自身の研究テーマに真っ向から向き合わなければならない時期なので、毎日必死です。

寺尾 近ごろ「ワークライフバランス」の重要性が説かれるようになりましたが、職業柄どうしても仕事・研究の比重が大きくなりがちですよね。私は、長い目でみて“仕事の生活の調和”がとれていればヨシとする考えです。長い時間を費やさなければならない研究は、体力勝負という一面もあります。これまでは若い頃に培った“貯金”でつないできたという感があるので、今後は時間を見つけて積極的に身体を動かしたいと思っています。時間はつくるもの、ですね。

米本 仕事観は人それぞれだと思いますが、研究者としてのやりがいや醍醐味というのは、他と職との比較においてかなり固有なものだと思います。私が薬剤師から研究の道に戻りたいと思ったときに、恩師は「会社で働くということは、多くの場合、企業活動の一部(の歯車)を担うということ。でも研究は自分で一から立ち上げて、すべて自身の力で、未知の原野を開拓するクリエイティブな取り組み。それはとても素晴らしい仕事ではないだろうか」と言ってくださいました。私も同感ですし、そのような仕事に携わることができて幸せだと感じています。

寺尾 私は、研究者として同じ分野のコミュニティの中で交流することは、もちろん重要なことなのだけれど、同じように異分野の人たちとの人的交流も大切にしなければと考えてきました。そういう意味では、SA活動に参加することによって、多彩な分野の方との接点ができたことはとても良かったですし、さまざまな領域の話を聞いていくなかで、視野や世界が広がりました。

米本 SAは、女子高校生・女子大学生に“研究者”という仕事と出会っていただく手助けをするものですが、実はSA同士のご縁を結ぶ活動でもあったのですね。

寺尾 なるほどそうですね。今度SAのOB会でも開きましょうか。

米本 そうですね、ぜひやりましょう!楽しみです。


寺尾先生・研究内容紹介

[寺尾先生・研究内容紹介]
顎口腔矯正学分野は、ヒトの成長発育および加齢に伴い変化する顎口腔系の異常な形態の原因を追求するとともに、機能の診断と治療に関する研究を行っています。新しい診断法・治療法の開発、歯の移動や顎顔面の成長のメカニズムの解明を目指し、多方面にわたる臨床的・基礎的研究に取り組んでいます。寺尾先生の専門は、顎顔面の発生のメカニズムの解析とその異常に対する遺伝子治療法の開発。たった一つの受精卵から生体が形づくられる胎生期において、顔貌形成はどのようにコントロールされているのかを探究しています。

米本先生・研究内容紹介

[米本先生・研究内容紹介]
有機合成に用いられる反応は多岐にわたりますが、特に炭素アニオンの選択的な発生と修飾変換を制御する手法について系統的に研究しています。炭素-炭素結合は、医薬品や機能性分子に見られる構造としては、最も基本で重要な結合といえますが、米本先生は有機超強塩基を触媒として用いて、既存の反応には無い特徴を有する炭素-炭素結合形成反応の開発に積極的に取り組んでいます。また、炭素源として二酸化炭素を化合物に直接導入した反応の開発も手掛けており、地球上に豊富に存在し、取り扱い容易な二酸化炭素を効率的に反応させることができれば、資源の無駄を極力省いた有用な合成手法になると期待されています。

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