vol.16
中西 和嘉 [大学院理学研究科 化学専攻 有機化学第二研究室 講師]
2000年3月東京大学薬学部卒業、2002年3月東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了、2003年2月ニューヨーク州立大学化学科短期滞在学生、2004年4月-2005年3月日本学術振興会特別研究員(DC2)、2005年3月東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。2005年4月-2007年3月千葉大学大学院薬学研究院助手、2005年11月-2007年3月千葉大学付属校学校薬剤師(兼任)、2007年4月-2009年4月千葉大学大学院薬学研究院助教、2008年4月-2009年4月日本学術振興会特定国派遣研究者(兼任)アルバータ大学化学科、2009年5月から現職。平成2008年2月井上研究奨励賞(井上科学振興財団)、2008年2月有機合成化学協会研究企画賞(有機合成化学協会日産化学)、2010年9月化学系学協会東北大会優秀ポスター賞。
家族が増えることで、毎日の風景が
どう変わっていくのか。研究も、人生も、
“未知との遭遇”を楽しみたい。
ご懐妊中であることを紹介したいのですが……と問えば、どうぞ!と笑顔でお答えくださった中西先生。「個々人の選択の自由が大前提」としながら、子どもを持つことへのお考えについて率直にお話しくださいました。
幼い頃から持ち続けた「世界のフシギ」への想い。
幼い感性と智力が捉える「世界」は、不思議なことに満ちあふれているものですが、私の場合は「どうして薬が効くのか」ということにとりわけ興味を抱いていたように思います。適切な医薬品によって快癒し、本人も周りの人たちも喜ぶ、安心する…という、薬がもたらしてくれる“幸せな物語”に惹かれていたのかもしれません。
大学は薬学部へ。学究生活を続けるうちに、応用/実用的な研究から、基礎的な原理の追究を希求するようになり、博士課程から理学系研究科(化学)に移りました。現在取り組んでいるのは、炭素を主な骨格とする有機化合物・π共役分子の原理や機能の探索、構造の構築などです。「フシギを突き詰めたい」と願った幼い頃の想いが、ここに通底しているとも言えますね。この世に存在しない分子を初めて設計・合成するのが私の研究であり、例えれば想像力と創造力を翼に乗せて、蒼穹に飛び出すようなものです。「こういう構造だったら、きっとこんな振る舞いをするだろう」と頭の中で描き、コンピュータで計算した分子の設計図に従って実際に合成し、検証してみると…自分が予想していたものとはまったく違う、思いもかけない形や機能・働きをもつ分子が出現することがあります。自然はすごい、と感嘆せずにはいられない瞬間です。まさにセレンディピティ。探しているものとは異なる別の価値あるものにたどりつく面白さは、研究の醍醐味であり、原動力です。大学の研究とは、自然科学発展の「種」となるようなものでなくてはならないと私は思います。誰も足を踏み入れたことのない真理の大地は、ブレークスルーを生む豊かな土壌を有しているのではないでしょうか。
温かな心遣い、配慮と厚意にあふれた職場環境に感謝。
大学院に進学した当時、「女性は研究の舞台を途中で降りてしまうことが多い」と苦言めいたことを耳にしました。しかし、今や理系においても、女子学生や女性研究者・教員は稀有な存在ではありませんし、一生を賭す仕事として研究と向き合っています。若手や女性を対象とした研究費支援や各種制度も多く実施されていますし、今こそチャンスだ、と思えるほどです。
今、私は妊娠8カ月です。「子を持つか、持たないか」については十人十色の意見があり価値観があることでしょう。私たち夫婦は「持つ」ことを、ごく自然なこととして選択しました。ただ、いかに医療技術が発達したとはいえ、出産に適した年齢(リミット)があるので、その点は意識せざるを得ませんでした。新しいキャリアを模索している方や、研究や仕事が面白くなる時期を迎えている女性研究者は、決断が難しいという声も聞きます。私のプリンシプルは「リスクがあってもチャンスは生かす」。それが遺憾なく発揮されたケースなのではないでしょうか(笑)。
幸いにもこれまで体調を崩すこともなく、周りの方の温かくも力強いサポートの下、安心して妊婦期を送ることができました。授業の担当を代わってくださるなど、配慮と厚意にあふれた職場環境に感謝しなければなりません。出産後は100パーセント従前通りとはいかないと思いますが、研究とは属人性の高いものですし、できる限り自分の手で地道に続けていきたいと考えています。本学には、テクニシャン(研究補助員)を配置してくださる制度もあるようなので、積極的に活用していきたいです。加えて、在宅時のツールとして通信技術(Skypeなど)の利用も一考に価しますね。
海外の大学に研究員として滞在していた間、指導教員や同僚からよく掛けられた言葉が「enjoy your life」。その頃の私は、研究が楽しくて面白くて、長い時間を費やすこともまったく苦ではなかったのです。そんな姿をみて、仕事と生活のバランスを考えようよ、とアドバイスしてくれたのだと思います。そんな“仕事の虫”の私が、新しい家族を得ることで、「enjoy my life」の風景がどう変わっていくのか。今からとても楽しみです。
[研究内容紹介]
こんにちの潤沢な物質社会は、新規物質の創製とその機能性物質への発展が推進力となっています。現代社会を支えるさまざまな機能性物質については、次世代の基盤物質の登場が待ち望まれており、多様な物質創製を可能とする有機化学に対する期待は非常に高いものがあります。中西先生が所属する有機化学第二研究室では、「真に新しい機能性とは、基礎的科学現象の発見とその根本原理の理解とに根ざした理学的な科学研究から生まれる」を研究の是とし、分子・分子集合体レベルでの新しい物質創製法を探求し、その物理化学的な理解・新現象の探索から、分子科学が支える境界領域分野における機能性物質を創出することをめざしています。
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