vol.17
下夷 美幸 [大学院文学研究科 社会学研究室 准教授]
1988年お茶の水女子大学大学院家政学研究科修士課程修了。社会保障研究所(現:国立社会保障・人口問題研究所)研究員、日本女子大学人間社会学部助教授、法政大学社会学部助教授などを経て、2007年より現職。博士(社会科学)。著書に『養育費政策にみる国家と家族:母子世帯の社会学』(剄草書房、2008年)。論文に「「リスク社会」下の現代家族-その可能性と社会的条件-」(『社会学研究』85号、2009年)、「家族の現代的変容と社会福祉」(『社会福祉研究』102号、2008年)、「アメリカにおける養育費政策の現状とその作用」(『大原社会問題研究所雑誌』594号、2008年)など多数。

目を澄まし、耳を開き、相手が紡ぐ言葉と
向かい合う。多くの人との出会いが、私の
研究人生を豊穣なものにしてくれました。

傾注した努力の全てが稔るわけではない研究。片や、確実に成果が実感できるものとして“学生さんの成長”を挙げる下夷先生。「若者との率直な語り合いにより、私は多くのことを学び、気づかされています」。社会を見つめる研究者のみずみずしい感性がこぼれます。

下夷先生

社会に出て、自立への拘泥から自由に。再び学び舎の門をくぐる。

今年もまた学生さんたちの巣立ちの季節が近づいてきました。もっと一緒に研究したいと思う優秀な学生さんも多く、一抹の寂しさを禁じ得ません。卒業時には、お祝いの言葉のあとに「もしまた勉強したくなったら、いつでも(大学院に)戻ってきてね」と言い添えて送り出しています。かく言う私も、社会に出てから母校に舞い戻った一人なのです。

今でこそ研究者/大学教員と呼ばれる立場になりましたが、そもそも研究者なりたいと希求し、わき目もふらず一直線に走ってきたわけではありません。学部生の頃は、とにかく早く経済的に自立したいと思っていましたから、大学院進学という選択肢は存在しませんでした。しかし、いざ社会に出てみると、もっと学びの場に身を置いていたい、と考えるようになりました。経済的自立なくして自由は得られないという、これまで私を突き動かしてきた価値観・信条も、ある意味では自明かもしれないけれど、こだわらずにもっと柔軟な姿勢で臨んでもよいのではないかと思い始めたのです。でも、迷いがなかったわけではありません。幸いなことに職場の人間関係にも恵まれていましたし、仕事上も大きなチャンスを与えられていました。なかなか決断を下せずにいた時、同世代の3人の女性に会いました。一人目は、結婚をして専業主婦となった同級生。会話からも豊かな暮らしぶりがうかがえました。次に、総合職としてバリバリと働くキャリアウーマンの友人。時はバブル景気前夜、公私ともに楽しく充実した日々を送っているようでした。三番目の女性は、ある研究会でお会いしたオーバードクターの法学研究者でした。安定性に欠く境遇でありながら、イキイキと研究に励む姿がとても魅力的で、「私が進むべきはこの道」とリアリティを持って身近に感じることができました。ロールモデルとまでは言えませんが、その女性研究者との邂逅が、進路変更を決してくれたように思います。

就職した研究機関で、プロフェッショナルとしての自覚が芽吹く。

しかし、修士課程で学んでもなお、研究者として身を立てていこうと決心できたわけではありませんでした。往生際が悪いですね(笑)。そんな私の茫漠とした視野は、国の研究機関に就職することにより、くきやかに晴れ渡っていったのです。一流の研究者が集う環境にあって、自分に課せられたことにどう応えていけばよいのか、研究者としての姿勢・気構えと、何よりも覚悟が涵養されたように思います。

私は家族社会学を専門とし、特に「ひとり親家族」を研究対象としています。個人が思い描く家族像というのは、自分の主観や経験に依拠してしまいがちです。私もそうした呪縛から逃れられずにいたかもしれませんが、多様な-と、ひと言で括れないほど多種多彩な-シングルマザーへのヒアリングなどを通じ、家族を自分の価値観や固定観念で規定してはいけない、“ありのままをそれぞれに”見据えていくことが必要なのだと学びました。ものの見方を解放し、新しい視座を獲得したことで、こだわりと囚われなく、真に自由に、人間を見ることができるようになったのです。これは研究者としてだけではなく、人としての大きな気づきであり収穫であったと思います。

膨大な文献・資料にあたり、社会の混沌とした有り様に向かい合う私の研究は、費やした時間や努力が、すべて成果に直結するわけではありません。しかし、地道な研究の日々を重ねるうちに、ある日突然、新しい発想の灯が点ったり、それまで無関係と思われた事象が結びつき、新たな論理の展開が導かれたりすることがあります。人はそれを“知的興奮”と呼ぶのかもしれませんね。ですが、そうした研究者としての“褒美”を手に出来るのは稀なこと。研究の辛労は“シーシュポスの岩”に例えたいほどですが、研究上のストレスは、その艱難辛苦ととことん対峙することでしか乗り越えることができないと強く感じていますし、真摯な日々の営みこそが研究の壁を穿つ力になるのだと信じています。


研究内容紹介

[研究内容紹介]
研究分野は、現代の家族問題と家族政策。とりわけ子どもの私事性と公共性を視点に置き、研究に取り組んでいます。現在は「ひとり親家族の子どもの扶養をめぐる親と国家の関係」をテーマに、離婚・再婚により親子関係が複雑化するなかで、子どもの福祉は誰が、どのように守るのか、という課題を探究しています。

 

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