vol.19
永次 史 [多元物質研究所 生命機能分子合成化学分野 教授]
1986年3月九州大学薬学部卒業、1988年3月同大大学院薬学研究科修士課程製薬化学専攻修了、1988年4月城西大学薬学部助手、1989年九州大学薬学部助手、2001-2002年アメリカ国立衛生研究所(NIH)博士研究員、2003年8月九州大学薬学部生物有機合成化学分野助教授、2006年4月より現職。平成10年度有機合成化学協会企画賞、平成18年度日本薬学会薬学研究ビジョン部会賞
研究も、男女共同参画も。
私たちの「今」は、先達の
英知と尽力の上に立っている。
研究や仕事において男女の差があるのだとしたら、性差で生ずるのではなく、個々人の差異として出現するもの。しかし、黎明期から数々の障壁を乗り越えてきた先輩の存在に、私たちは感謝しなければなりません、と永次先生は語ります。
叶わなかった企業への就職。それが研究者への道を拓く機縁に。
これまで研究・仕事の場面で、男女格差を感じたことがありましたか、というご質問をいただきました。私は幸いにも「女性だから」という困難に対峙したことがないのです。ただ一度の出来事を除いては…。でも、それがあったからこそ、現在の私があるとも言えます。まさに人間万事塞翁が馬。不幸なことだと嘆いたことが、実は、次の研究人生を紡ぐ機縁となってくれたのだとしたら面白いことです。
“化学好き”を自覚したのは高校生の時。熱心に勉強をしなくても、それなりの成績を残せたのです。相性が良かったのかもしれません。翻れば、小学生の頃の先生にも恵まれました。担任が理科担当の教諭で、授業にいろいろな実験を取り入れてくれました。そうしたことを通じて、化学への興味・関心が徐々に形成されていったのでしょう。昨今、話題となる「理科/理系離れ」の原因分析は専門家に譲りたいと思いますが、なるべく早期から観察や実験といった体験を重ねることが、知的好奇心を喚起させることにつながっていくのではないかと思います。
大学は、資格がとれる学部をすすめられ薬学部へ。修士課程修了後は、企業(研究職)への就職を希望していました。社会や暮らしにより近いところで研究してみたいと望んでいたのです。ところが、女性への求人は無きに等しいことに気づいたのは就職戦線も後半に入ってから。次々と内定先が決まる男子学生を横目で見ながら、「どうしよう」と思案に暮れる私がいました。もっとも当時、女子学生でも無事就職できた人は、会社訪問などのリクルート活動にしっかり取り組んでいたことを後になってから知りました(笑)。これが前述の女性差別/区別を体感したエピソードです。企業には就職できませんでしたが、周りの方々の尽力により私立大学の助手の職を得ました。その後、古巣に戻り、博士を目指すことを決意。研究テーマを刷新し、ゼロからのスタートを切ります。遺伝子の発現機構を化学的に制御する方法の開発に取り組み始めたのはこの時から。熱心な指導教員の下、研鑽を重ねていきました。
軽やかに強かに。「女性だから」をポジティブに捉えたい。
私たち研究室が標榜する分野は、DNA自動合成装置といった実験装置の技術的進歩により、研究が進捗し、深まった領域です。しかし、そうした“道具”の登場以前から、機能性分子の設計・合成に取り組まれてきた先達の英知とたゆまぬ努力が、基調低音を成していることを忘れてはなりません。同様に、近年の男女共同参画の機運の高まりとそれに伴う具体的成果も、多くの女性研究者の骨身を削る奮闘があったからであり、後進としての私たちはそれを肝に銘じなければならないと思っています。
大学での研究は、(いきおい利潤の追求が課せられる)企業にはできないテーマ・領域に取り組むことが使命であり、責務でしょう。そして「最終的には人類の幸福に資する研究」を目指すべきというのが私のポリシーです。しかし、高い志を掲げながらも、実験漬けの日々を息苦しく感ずる方もいらっしゃるかもしれませんね。若い方にアドハイスするとしたら「オンとオフを分けた、リズム感のある生活をおくること」を挙げます。私自身は、ウィークデーの日中12時間は仕事に集中、土曜日は書類整理などのデスクワークの日と決め、日曜日は休日に充てています。帰宅後は急ぎの案件がない限りパソコンを開きませんし、インターネットにもつなぎません。
当該分野において女性はまだまだ少数派です。私はこと研究においては男女の別というよりも、個々人の資質(適性)・能力・個性の違いがあるだけだと考えています。男性社会の中で評価にさらされたくない、とネガティブにとらえず、むしろ「女性だから早く名前と顔を覚えてもらえる」くらいの逞しさと軽やかさで飛び込んで欲しいですね。もちろん背景には、等身大の自尊意識、自身の研究への自負と自信が必須です。
[研究内容紹介]
遺伝子発現をコントロールできる機能性分子を独自に設計・合成し、細胞内での機能及びその分子の動態を調べ、既存の分子ではできなかった新たな機能を持つ人工分子を開発することが永次研究室の目標。細胞内での機能を意識しながら研究を進めることから、「In Cell Chemistry」という新しい分野への展開を考えています。細胞内で遺伝子発現をコントロールする化学的方法として理想とされるのは、標的の遺伝子があるときのみ活性化され、その機能を発揮させること。すでに同研究室では、標的遺伝子があるときにのみ活性化し、非常に選択的に化学反応するインテリジェント人工核酸を開発に成功、各方面からの注視を集めています。
上記インタビュー記事のダウンロードはこちらから