vol.24
宇井 美穂子 [多元物質科学研究所 生命類似機能化学研究分野 助教]
2004年3月 東北大学薬学部総合薬学科卒業、2006年3月 東北大学大学院薬学研究科創薬化学専攻修士課程修了、2009年3月 東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻博士課程修了(博士(生命科学))、2007-2009年 日本学術振興会特別研究員(DC2)、2009年4月-2009年9月 東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻特任研究員、2009年10月から現職。以下は受賞歴:2008年7月 第55回毒素シンポジウム奨励賞、2009年3月 博士論文ERA賞 (メディカルゲノム専攻博士課程論文優秀賞)、2009年3月 第89春季年会日本化学会学生講演賞、2010年7月 BIA Symposium 2010 ポスター優秀賞。
“研究も子育ても、未来を育むこと”
長期的視野に立って、将来を展望していきたい。
仕事・研究をしながら子どもを育てることへの不安。払拭してくれたのは上司の言葉でした。“未来を育む”には、近視眼的な観点ではなく、先見的かつ長期的視野で、高所から展望する姿勢が大切。時には大様さも必要ですね…宇井先生の笑顔がほどけます。
家庭での日常会話のなかで、養われていった自然科学への好奇心。
「空はどうして青いのかな」。生物化学の研究者であり大学教員だった父は、自然の営みや現象について、幼い私にさまざまな問いを投げかけてきたものです。こうした示唆と教示を含んだ日常会話は、それなりの学びの効用を有していたようで、自然科学に対する親しみと興味が、自然に涵養されていったように思います。 そして、子どもは「親の背中を見て育つ」といいますが、国際会議や学会に颯爽と出掛けていく父の姿は、研究者という仕事に憧れを抱かせるのに十分なものでした。まさに身近なロールモデルですね。もっとも父は表立って強制はしなかったものの「女性も自立に資する仕事を持つべき」という“思想”の持ち主だったようで、そういう意味では少なからぬ影響を受けて育ったといえるかもしれません。
大学は薬学部へ。薬学を目指す人の多くがそうであるように、私も“薬の働き”に魅せられた一人。どうして効くのかなという小さい頃の疑問はやがてヒトの体の仕組みや機構を理解して、新しい医薬品づくりに貢献することが出来たなら、という目標に変わっていきました。学部・修士課程では、分析化学を中心に学びましたが、博士課程からは生化学の領域で、創薬にアプローチする分野に進みました。そこでは大腸菌を用いてタンパク質の構造を改変し、生体内での機能を高める抗体づくりに取り組みました。特定の受容体などを標的とし高い機能を発揮する「抗体医薬品」は、がん治療の新しい扉を開く治療薬として大きな期待を集めています。
研究とは仮説の構築とその検証、再評価の繰り返しですが、実験では頭の中で描いたり予想していたりしたものと違う結果が発現することもたびたびです。特にタンパク質の実験では、往々にして予期しないことが起こります。その都度、研究の方向性や計画の変更を余儀なくされるわけですが、それを難しいと嘆くか、おもしろいと楽しめるかによって、研究の風景は大きく異なってくると思います。もちろん失敗には落胆させられます。しかし、不首尾な結果を別の視点で捉え、そこから画期的な研究成果を導き出した先達の優れた例を思い起こしてみるのもよいかもしれませんね。
仕事と子育てを両手に抱えて。苦労もやがて経験知へと実っていく。
こと研究スタイルにおいて、私は実験重視型です。アイデアが生まれたらまず手を動かしてみて実験で確かめたいタイプです。他方では、文献や論文にあたり、熟考を重ねたうえで、実験によってシャープに結果を出していく研究者の方もいらっしゃるでしょう。研究分野全体の進展という側面からは、多様な研究スタイルがあったほうが推進力と健全性を担保できると思います。ですから学生さんの研究指導に際しても、個々が求めていることに近づけるような導きを心がけています。
研究室では、なんでも気軽に相談してもらえる先輩としての役目を果たしていきたいと思っていますが、プライベートでは母としての役割も加わりました。現在、生後2ヶ月半の女児を抱え、子育ての真っ最中です。私たちの仕事は、継続性の上に成り立ちますから、ライフイベントによってそれが中断されることに躊躇される女性研究者の方も多いと聞きます。私も「仕事・研究と育児の両立は可能なのだろうか」と不安と懸念を抱いていましたが、研究室の上司である金原教授から「研究も子育ても、未来を育むこと。たいへんなことがあるとすれば、それは建設的な苦労。乗り越える価値がある」と声を掛けていただき、大きな力を得た思いがしました。私は、何事も経験することを第一義においてきました。そして未知のことを知りたいと希求する気持ちは、研究も子育ても同じです。今は、日に日に表情豊かになっていく娘の姿に喜び癒されながらも、時間との闘いを繰り広げる新米ママといった体です。幸いにも職場や家族からの最大限のサポートをいただいています。支援してもらうことに抵抗やためらいを感じないこと、そして家事などは完璧にこなそうと思わずにおおらかな心持ちで過ごすこと――こうして少しずつワーキングマザーの極意を学んでいます。
[研究内容紹介]
生物の体は多様な機能を有する生体分子から成り立っており、機能性有機分子を作る上で様々なヒントを与えてくれます。例えば、生体分子は外部刺激に応答した物理的な運動を通じて物質合成、物質輸送、シグナル伝達などさまざまな機能を発揮しており、有機分子が持つことのできる機能の一つの究極的な姿を示しています。宇井先生の所属する金原研究室では、生体分子の機能とその発現メカニズムに着目し、有機合成化学的な手段を用いて、これまでになかったような新しい機能を有する人工分子の創製、あるいはその機能を自由自在に制御するシステムの構築に挑戦しています。また、併せて生体分子を化学修飾することにより、生体分子と人工分子の利点を取り入れたユニークな機能を有する分子の創製にもアプローチしています。
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