vol.26
才田 いずみ [大学院文学研究科 日本語教育学講座 教授]
1976年3月国際基督教大学教養学部語学科卒業、1976年3月~1977年3月外国人のための日本語教育学会事務局嘱託、1976年~アメリカ・カナダ十一大学連合日本研究センター講師、1981年9月~1982年6月プリンストン大学東アジア研究学部講師、1982年6月~1982年8月ミドルベリー大学夏期日本語学校講師、1982年9月アメリカ・カナダ十一大学連合日本研究センターに復職、1986年4月東北大学教養部講師、同助教授、文学部助教授、教授を経て、2004年4月より現職。2004年 第1回東北大学総長教育賞受賞。学外活動として「仙台Ⅰゾンタクラブ」の会長も務める。
与えられるのを待つのではなく、自ら考え行動を。
不断の努力と探究の積み重ねに、成果が宿る-
言語学習も、研究も同じです。
母語以外の第二言語の習得においては、自主・自立・自律的に取り組む姿勢、そして自身に適した学習手段や方法の工夫が大きく影響してきます、と才田先生。主体は自分自身。努力と探究、創意の蓄積が、学びと研究の道を切り拓いていくのですね。
大学入学後に知った「日本語教師」がライフワークに。
一人ひとりの研究者はどのような経緯と機縁で、自らが取り組む専門領域・分野にたどり着くのでしょうか。それこそ研究者の数だけ物語があるのでしょうね。私の場合は、大学に入った翌日に、仕事/研究対象としてずっと関わることになる専門分野の存在を知りました。その記憶は今でも脳裏に鮮やかです。
英語力を生かした職業に就きたい――そう考えていた私が進学したのは語学教育を主軸に据えていることで内外に知られる大学の語学科。新入生懇談会では、そこにいたほぼ全員が、同時通訳など高い語学力を駆使する仕事をしたいと自己紹介していました。聞けば留学経験があるなど、非常に流ちょうな英語の理由も納得できるものでした。そんな中でひとりの男性が「私は日本語教師になるために、会社を辞めて入学しました」と話されたのです。時は1970年代前半。「日本語を母語としない人に、日本語を教える」という専門職があることはあまり知られていませんでした。面白そう、という興味と関心は、学びの中でだんだん具体性を帯びてきました。
卒業後は、海外での日本語教師の職を視野に入れていたので、就職活動はしませんでした。当時、学生のほとんどは4年生の夏休み頃から就活を始めていましたから、昨今と比べてずいぶんのんびりとした時代だったのです。日本語教師の採用試験までのつなぎで仕事をしているうちに、幸いにもお声を掛けてくださる方がいて「アメリカ・カナダ十一大学連合日本研究センター」で教員として働くこととなりました。ここはその名の通り、米・加の大学の提携・連合により設立された、日本研究の専門家を育てるための日本語教育機関で、大学院レベルの中・上級の学習者を対象に、高度な日本語運用能力の育成を図っています。同センターは、独自かつ先進的な教材開発にも非常に積極的で、私も日本語教育に関するさまざまな試みと考察・評価などを行いました。ここでの取り組みが、その後に続く研究の素地となっています。
「教えてもらう」から「自ら学ぶ」へ。自主・自立・自律学習が鍵。
本学に着任後は、文部科学省の国費外国人留学生を対象とした日本語研修を担当しました。大学院研究留学生といって、予備教育として半年間に約600時間の日本語学習が課せられています。語学は“読む聞く書く話す”の能力をバランス良く身につけるべきですが、研究分野によっては要求される言語技能も異なってきます。コースでは仙台という地域柄も反映させた独自の教材開発も行いました。特に考えたのが音声の問題です。いかに学術的に良質で価値あるプレゼンテーションでも、聞き取りにくい発音ではいかにも説得力に欠けます。ひとつの言葉に対する発音のしやすさ/しにくさは、一人ひとり異なってくるので画一的な一斉授業では学習効果をあげるのが難しい側面があります。そこで、工学部の学生さんの力も借りてコンピュータで行う発音練習教材の開発にも力を注ぎました。「コンピュータを利用した日本語教育」は1970年代からの先行研究がありますが、ハード機器の進化とともに教材も大きな進歩を遂げています。
母語以外の第二言語教育において、同じ授業をしていても教育効果に個人差が出ることは経験的によく知るところです。優れた言語学習者がどのような学習行動をとっているのか、その特徴を探る調査研究が1970~1980年代にかけて盛んに行われました。学習言語の獲得に際しては、個人の能力やセンス(言語適性)、性格といった生得的要因が関係する一方で、学習過程をより効率的にするための手段や方法(学習ストラテジー)、認知パターンの影響が無視できないものであることがわかってきました。言語教育の成果については、多くの要因が複雑にからみあっており一概には言及できないものの、学習者が主体となり、多様なトレーニング法を用いつつ、自主・自立・自律的に学んでいくことが、少なくとも学習言語獲得の近道となるようです。
仕事や研究も与えられるのをただ待つのではなく、自ら求め、考え行動する姿勢が大切です。“There is no royal road to learning.”――たゆまぬ努力と研鑽のその先に、道は拓けるのではないでしょうか。
[研究内容紹介]
日本語教育学とは、日本語を母語としない人々に対して、より効果的かつ人間的に日本語を教育するにはどうしたらよいかを考察し、日本語そのものの分析・検討を踏まえた異文化間コミュニケーションを追究する学問です。社会的あるいは経済的な事象が、旧来の国家や地域などの境界を越えて、地球規模に拡大していくグローバリゼーションが急速に進む近年、異なる文化背景を持つ人間同士の出会いに際して、互いを尊重しながら、より深い相互理解に到達するための基礎技能を備えた人材の養成が急務とされています。日本語教育学研究室では、日本語教育に関してさまざまな角度からの研鑽を重ねると共に、諸外国の言語・文化や社会科学、自然科学を含んだ幅広い分野を考究し、その成果を基に学習者の多様な要求に応える有能な日本語教師の育成を目指しています。
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