vol.29
磯貝 恵美子 [農学研究科 動物微生物学分野 教授]
1975年3月北海道大学獣医学部獣医学科 卒業、1977年3月同大学獣医学研究科予防治療学専攻修士課程修了、1977年4月-1978年3月酪農学園大学獣医学部臨時助手および北海道大学獣医学部臨時研究員、1978年4月-1983年3月北海道大学大学院獣医学研究科 助手、1983年4月-2002年12月北海道医療大学歯学部 助手、1986年11月 東京大学論文博士(農学)取得、1999年1-3月および2000年2-3月JICA専門家としてアフリカでの研究活動、2003年1月-2010年3月北海道医療大学歯学部 講師および同大学個体差研究所研究員兼務、2010年4月から現職。
人と繋がりながらチャンスを作り
広い視野と信念を持って研究に臨みたい
「サイエンスの世界は人が活発に動くことで発展する」と、2010年に単身で東北の地に赴任された磯貝先生。軽やかな口調で語られる仕事や子育て、人生観には、示唆に富んだエピソードが盛り込まれていました。
微生物の秘めたパワーを引き出し、活用する
動物が大好きで、子どものころから獣医になりたいと思っていました。また、祖父が神社に奉納する絵馬の絵を描く仕事をしており、一緒に日本画を描いていたこともあって絵を描くことも好きでした。結局中学生のころ、自分には絵を仕事にする才能はないとあきらめて、獣医の道へ。当時、唯一獣医学部があった北海道大学に進みました。
感染症の研究を始めたのは大学院に進んでから。「細菌と闘う・共存する・利用する」を研究テーマにしていますが、微生物ってかわいいんですよ(笑い)。ウィルスは細胞に寄生しますが、細菌は単細胞生物として1人で一生懸命生きている。それに生存戦略は勝つことではなく、負けないことなんです。何か、深いでしょう? 研究対象には病原菌でも愛着が沸きますね。多様な環境に生存し多様なパワーを持っているので、人がその力を上手に引き出せば有効に活用できる大きな可能性を持っています。
科学にはある意味、領域がないのですが、農学が扱う分野は幅が広いんですよ。今、福島原発事故で汚染された食用牛を調査し、血液や尿からと畜前に放射線量を測る技術の確立に取り組んでいます。東北大としては加齢科学研究所などと共同のプロジェクトです。生体に入ったセシウムは割合すぐに代謝されますが、我々は微生物を使って少しでも早く除染する方法を探っています。時間は掛りますが、畜産業の復興に繋がるだけでなく、人間の健康にどれだけ役に立てるのか、後世の人のためにも優先的に進めているところです。
15年ほど前から感染症についての研究指導や調査のためにアフリカに通っています。ザンビア大学に赴きコレラの発生調査やJICAの公衆衛生グループへの技術指導、科学研究費に基づく消化器感染症調査、エチオピアでのAIDS合併症対策に関する調査研究など、行くたびに何とかしなければという使命感にかられます。水も電気もない地域の感染症をどう防ぐのか、感染症で亡くなる人がいなくなることを願いながら取り組んでいます。
科学を一歩前進させる姿勢
科学を良い方向に進めるには、誰がではなく何が正しいのかが大切です。研究者としての人生の中では理不尽な思いもしましたが、そうした自分の信念を貫いて生きて来て良かった。長く生きれば、振り返ったときみんな笑い話になりますから(笑い) 日本の狭い世界での常識に疑問を感じていた30代に、生命科学分野と関連する分野で活躍する女性研究者に贈られる第1回HR賞(1998年。現ロレアル女性科学者賞)の最終選考に日本人で1人だけ残り、パリのユネスコ本部での授賞式に参加しました。残念ながら受賞は叶わなかったのですが、世界のどこかで自分の研究をちゃんと見てくれている人がいるのだと、支えになったことを覚えています。女性と科学について、日本の現状や世界での女性の地位向上に向けた動きなどについて、この時改めて考察をまとめ『日本細菌学雑誌』に寄稿しました。女性への支援は昔に比べるとだいぶ良くなったと思いますが、本来はこうして「女性として」と特別に取り上げられることがなくなるといいですよね。
夫も研究職で、共働きの子育ては確かに大変でした。私の場合は保育園と周りの人たちに支えられました。地域の人たちにも1人で留守番する小学生の娘を夕飯に誘っていただいたりと、助けられました。どうやってお返ししようと考え、小学校でサイエンスボランティアをしたんです。子どもたちが楽しめる実験をして喜んでもらいました。娘が理系に進んだのも影響があったかもしれませんね。
研究職は、努力しただけのものが返ってくるやりがいのある仕事だと思います。大発見でなくてもいい。信念に従って研究を楽しみ、「いい仕事」をして次の世代に繋ぐことが理想。そのために楽な場所に安住せず、いろいろな人と出会ってチャンスを作り、ポストを得て、人を育てていきたい。今、同じ思いの仲間たちといいネットワークが広がっています。
私が人生で大切にしてきたのは「自由(liberty)は自分で努力して手に入れる」ということ。そして何をするにせよ、「粋」でありたいと思っています。生まれも育ちも東京の下町の江戸っ子なのでね(笑い) 利潤を追求する企業ではそういう働き方、生き方は難しいかもしれませんが、大学ではそれが出来るのではないでしょうか。自分は幸せな空間にいると思いますね。
[研究内容紹介]
動物微生物、人獣共通感染症、感染免疫を専門に研究されている磯貝先生。「微生物はあらゆる環境における生命のネットワークに必須の存在」として、バイオテクノロジー技術を駆使し、有用細菌の機能特性を基礎的な面から研究しています。一方、病原細菌に対しては薬剤耐性菌の分子遺伝学を中心とした研究や自然免疫などの宿主応答を視野に入れた病原微生物制御に関する新規物質の開発や応用を行っています。獲得免疫を持たない昆虫の抗菌ペプチドのメカニズムから抗癌への利用を探る「抗菌ペプチドの構造と活性」など実験室内の研究だけでなく、アフリカでの畜産および人の健康に影響を及ぼす病原菌の調査と制御などのフィールドワークまで幅広い研究を手がけています。
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