vol.30
ガヴァンスキ 江梨 [工学研究科 建築構造工学講座 助教]
2003年3月東北大学工学部建築学科 卒業。2003年9月-2004年8月 カナダウォータール大学 部局間協定留学。2005年3月 東北大学大学院工学研究科 修了。2009年9月 カナダ西オンタリオ大学 土木環境工学 博士課程後期修了、PhD取得。2009年10月-2011年2月 西オンタリオ大学 博士研究員。2011年3月から現職。
英語力が開いてくれた
世界で最先端の「風」の研究への道
「人の命を守る」建築物の安全性に繋がる研究に魅力を感じているというガヴァンスキ先生。
ここぞというときに発揮する行動力を生かし、カナダと日本を行き来しながら積み上げて来たキャリアと、研究への思いを語っていただきました。
風によって引き起こされる建物被害を世界基準で見直す
大学時代、デザインや理論など建築の分野をひと通り学びましたが、構造学は計算によって答えが明解に導き出されるところに魅力を感じました。デザインと違って、白黒はっきりするところが性に合っているんですね。今、取り組んでいるのは耐風工学です。近年、地球温暖化の影響などもあり、世界的にハリケーンや台風など強風による建物被害が増加しています。日本には毎年台風が来ますし、竜巻の被害もありますが、地震国だけに耐震ほど耐風の研究は進まないのかもしれません。でも、研究者としてはそういう分野の方が面白さを感じます。
研究室では主に窓ガラスなどの外装材を対象に、時々刻々と変化する風荷重(動的風荷重)を忠実に再現する載荷装置(PLA)を使って研究しています。より安全な建築物を求めるには、実際に近い動的風荷重で検証する必要がありますが、従来は風荷重を単純化した荷重を用いた耐風性能評価試験法が多く行われています。PLAの全ての試験機関への導入は無理であるため、動的風荷重載荷時と単純化した荷重載荷時で外装材が異なる挙動を示すのか、つまり現行の試験方法が適切なのかを評価しています。PLAは私が博士課程を行ったカナダの西オンタリオ大学が開発した装置で、アメリカやオーストラリアなど各地で成果を挙げています。日本では初導入となりますが、日本特有の構造骨組みや外装材などを対象とし、風荷重による建物の被害低減を目指します。多くの人にとって最大の財産である建物や、人の命を守ることに貢献できるという点で、自分の研究に大きな魅力を感じています。
準備をしていた人にチャンスが巡ってくる
私がこの研究にたどり着いたのは、様々な偶然が重なった結果なのかもしれません。大学3年のとき、就職にも進学にもきちんとした方向が見い出せず、以前から興味を持っていた英語力を磨こうと1年間休学してカナダに語学留学しました。カナダは移民の国で価値観が多様なため、人種も性別も学歴も関係なく、自由を感じました。日本で「みんなと同じでなければ…」とか「女性だから」と思わせられるような窮屈さがなかったんですね。帰国後すぐ、東北大と部局間学術協定を結んでいるカナダの大学への交換留学準備を進めました。また、このとき耐風工学の研究室に所属することになったのです。留学先では自分の研究を進めながら英語で授業を履修したり、学会に参加したり…楽しかったですね。そして1年間の留学を終え、間もなく帰国というとき、風の研究で世界的に有名な西オンタリオ大学の研究施設を見学。そのときに出会ったのが、後の指導教官になるコップ教授(当時は准教授)だったのです。
修士の後、企業への就職も考えましたが、帰国し論文を書き進めるうちに、ますます研究が楽しくなってきました。日本では博士課程修了後、女性は特に就職難という話も聞き、そこで海外でPhDを取ることを考えた矢先に、コップ教授から誘いを受け、カナダで博士後期課程を始めました。
私の場合、人の出会いやチャンスにも恵まれラッキーだったと思います。でも「準備ができてない人は、タイミングを掴むことはできない」というコップ教授の言葉を借りれば、最初に真剣に英語に取り組んだことが後の道を開いたのかもしれませんね。
カナダで結婚した主人と一緒に2011年に日本に戻りました。今、カナダでの研究チームの仲間たちとの情報のネットワークもありますし、自由に研究出来る恵まれた環境にいると思います。もちろん、自由には自己責任がありますが、仕事を最優先とする生活はしたくない。カナダで、仕事もきちんとしながら家庭や子どもとの時間を大切にする人たちの姿を見て来たので自分もそうありたいなと。大学での研究生活では、そのライフスタイルが実現出来ると思っています。
海外で学んだ経験から思うのは、日本の学生はもっとプレゼンテーションの能力を磨くべきだということ。どんなにいい研究をしても伝わらなければやっていないのと同じなんです。周りの人と足並みを揃える雰囲気がありますが、周囲を気にし過ぎて能力を磨かないのはもったいない。視野を広げるためにもいろいろ経験を積むことをすすめたいですね。
[研究内容紹介]
ガヴァンスキ江梨先生の専門は、耐風工学。強風の建物被害は、外装材に多く見られることから、「動的風荷重下による窓ガラスの耐風性能評価」「経年劣化した窓ガラスの耐力低下の算定」など、風荷重を対象に主に外装材の耐風性能評価法の研究を行っています。外装材は構造部材に比べ規模が小さいですが、壊れた場合に飛来物となり被害の連鎖につながるため軽視できません。日本ではこの重要性が周知されているにも関わらず研究が進んでいないことから、日本で初めて、実寸大で実際の風荷重を忠実に再現できる載荷装置を使い、外装材の実験を行っています。この研究では、各国で用いられている耐風性能評価法の精度向上や強風時の窓ガラス被害全般の低減への貢献を目指しています。
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