vol.31
矢野 環 [薬学研究科 生命機能解析学分野 准教授]
1987年 東京大学薬学部薬学科卒業、1989年東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了。1989年4月-1993年3月 三菱化学株式会社総合研究所勤務。1993年-1996年 東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了、博士(薬学)取得。1996年-1998年 ドイツハイデルベルグEMBL(European Molecular Biology Laboratory) 博士研究員、1998年-2001年 大阪府立母子保健総合医療センター研究所 博士研究員、2001年-2008年 東北大学大学院薬学研究科 研究員、2008年-2009年 東北大学大学院薬学研究科 助教を経て2009年4月より現職。2008年日本比較免疫学会古田奨励賞受賞。

感染症の解明と多様な治療薬の可能性を探る
目の前の1人ではなく、未来の100万人のために

感染する生物と感染される生物の攻防にかかわる生命現象を解明するため、日々研究に励む矢野先生。何事も「とにかく楽しむこと」が続ける秘訣と、研究や趣味のマラソン、バイオリンなど、好きなことを究めて来たことが今に繋がっていると語ります。

矢野先生

無駄なく使い回される生命現象のシステム

私たちは常にたくさんの病原体に囲まれて生きていますが、免疫のおかげで感染症から逃れています。生きて行くうえでどのように病原体から身を守るのか。生命現象の解明を目指して研究に取り組んでいます。大学時代には遺伝子スイッチのオン・オフのきっかけについて研究し、自然免疫関連因子のRNAにいろいろなスイッチがあることを見つけました。昆虫をモデルにした実験において、卵の中で体が出来るとき、どこが頭になりお尻になるかなど最初に方向性が決まるのですが、その際、RNAのスイッチが重要な役目を果たしているのです。興味深いことに、生命の最初に必要なそのシステムは、役目を果たした後、自然免疫である抗菌ペプチドを作るためのシステムに無駄なく使い回わされていました。生き物というのは、省エネに出来ているんですよ。現在の自然免疫の研究の中でオートファジー(自食作用)を扱っていますが、細胞が飢餓状態のときに自分を食べて(分解して)栄養にする働きは、病原菌が細胞に入ってきたときにセンサーが働き、菌を食べて排除する—という働きにも使い回されているのです。この「病原体センサー」の働きについては2008年に論文にして発表しました。

研究の仕事は、日々の中で驚きや喜びがあるのが魅力ですね。「生き物ってすごい」と純粋に感動したり、美しいサンプルに喜んだり(笑い)。その先に人を救うという社会的に意味がある研究でも、実験を繰り返す中でモチベーションを保ち続けるのが難しいときもあります。一つひとつを面白いと感じることができれば、楽しみながら成果を上げていけるのではないでしょうか。学生にも常に研究そのものを楽しんで欲しいと伝えています。

実験は成功しないことの方が多いものですが、正しい方向に向かってさえいれば、後は努力あるのみなんですね。私は趣味でバイオリンを弾くのですが、楽器は毎日何度も練習を繰り返します。子どものころから地道に繰り返し物事に当たる訓練と、表現の仕方を意識してきたことは、研究という仕事にも役に立っていると思います。大学時代に仲間たちと合奏をしていましたが、そうした仲間の多くも労を惜しまないタイプでした。

後の時代の基礎になる品格のある仕事を

修士課程を出てから製薬関係の企業に4年間勤務の後、博士課程に入りました。やはり、アカデミックな研究に魅力を感じたかもしれません。現在の研究の中にクローン病という難病があります。通常の環境下でわずかながらに働いているオートファジーのシステムが働かなくなってしまった病気です。腸に炎症が起き、社会生活が送れなくなるほど深刻で、日本だけでも患者は数万人いますが、原因が分かっていません。まず原因を見つけ、将来は新規治療薬の分子基盤も明らかにしていきたい。私たちの仕事は、目の前の一人を救うことはできないかもしれませんが、10年後の100万人を救うことはできるという意識で取り組んでいます。

今私たちがしている研究は、10年、20年前に誰かがしてくれた良い仕事を受け取って、繋いでいます。サイエンスが発展していくために、私たちも後の時代の基礎になれるようないい仕事をしたい。価値のある仕事をすれば必ず次の誰かが続けてくれるものなんです。人真似でも独りよがりでもなく「品」を大切に仕事に取り組んでいきたいですね。そうすることで、一人ではできない大きな力を生みだしていけるのではないでしょうか。

私の仕事は時間にしばられず、自分で決めた仕事を自分の裁量で進めることができます。その点では自由度の高い仕事ですね。もちろん、税金を使っているのできちんとみなさんにお返しできるような仕事でなくはならないですが。

研究者は時間がかかる仕事を抱えているので、私たちの年代には子育てのときなどに両立の難しさを感じる人が多かったかもしれませんが、今は女性が働くことの社会的な感覚も違いますし、バックアップ体制が整ってきているように思います。能力以外の理由で、優秀な人材が仕事に携われないことがないよう、個人個人の才能を自由に生かせる体制は必要だと思いますね。


研究内容紹介

[研究内容紹介]
すべての生物は、免疫によって病原体から体を防御し感染から逃れています。矢野先生の研究室では、ショウジョウバエを用いた「自然免疫における病原体認識と免疫応答活性化機構に関する研究」で、世界に先駆けて細胞内で機能する病原体センサー(ペプチドグリカン認識蛋白質)を同定しました。また、それは抗菌ペプチドの産生を誘導するとともに、オートファジー(自食作用)を誘導し、細胞内寄生細菌を排除する働きがあることを発見しました。

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