vol.32
田中 真理 [教育学研究科 人間発達臨床科学講座 発達障害学分野 教授]
学歴/1990年4月 九州大学大学院教育学研究科博士前期課程 入学。1992年3月 九州大学大学院教育学研究科博士前期課程 修了。1992年4月 九州大学大学院教育学研究科博士後期課程 進学。1995年3月 九州大学大学院教育学研究科博士後期課程 単位取得退学。学位/1996年3月 博士(教育心理学) 九州大学(教育博甲8号)。職歴/1995年4月~1996年3月 九州大学発達臨床心理センター助手。1997年4月~1999年9月 静岡大学人文学部助教授。1999年10月~2000年3月 静岡大学大学院人文社会科学研究科助教授。2000年4月~2007年3月 東北大学大学院教育学研究科助教授。2007年4月~20012年3月 東北大学大学院教育学研究科准教授。2012年4月~現在 東北大学大学院教育学研究科教授。
自己・他者理解を深め
発達障害児・者の生きる力を育てたい
「東北大学に赴任した当時からかかわりのある発達障害児が今年成人したんです」と目を細めて語る田中先生。基礎研究と臨床現場での実践を両輪に、発達障害児・者の心理教育的支援の研究に取り組んでいます。発達障害児・者が自分らしく生きていくための支援と、共生社会の実現とは―。
発達障害とは? 特性を理解し受け止める
発達障害児・者の「自己理解・他者理解」をキーワードに、心理教育的支援の研究に取り組んでいます。周囲との差異により「自分とは?」という問いから始まる自己理解は、定型発達者においても大事ですが、特に周囲と軋轢を生じやすい発達障害児・者にとって、自己肯定感に繋げるといった意味でも大切です。発達障害のある人は周りから叱責や非難される体験を繰り返すことで、自己評価が低下したり自尊心が傷つき、鬱(うつ)やひきこもり、不安障害、対人恐怖症などの二次障害に繋がってしまいます。周りが特性を理解して対応することが必要ですが、発達障害児・者の特性は個々様々。適切な告知を含めロールプレイングを用いたグループワークなど段階を踏んだプログラムを作り、発達障害児・者自身が実践の中で自己・他者理解を深める方法を探っています。
自己理解が大切なのは、様々な場面で周りの人に「こういう特性の私には、こういうふうにかかわって下さい」と言えるセルフアドボカシー(自己権利擁護)スキルを身に付けるため。2012年にカナダでサバティカル(長期研修休暇)を行ってきましたが、移民国家のカナダには多様性を認める文化があり「障害は理解と支援を必要とする個性である」という考え方が一般に浸透しています。例えば、足が不自由な方がバスに乗車し、優先シートに誰か座っていたら、「席を譲って下さい」と堂々とお願いしています。「自分は立っていることが辛い」という自己理解があり、自分に必要なサポートをはっきり伝えることができる。日本のように過度にへりくだることもなく、周りも主張を受け止めているのです。
私の研究は、発達障害児・者の特性を理解して対応する人を増やし、共生できる社会を作るための研究といえます。現在の研究の道に進んだのは、高校、大学時代を通して、障害児のような社会的弱者、マイノリティーに関心を持っていたことが繋がっていると思います。振り返ってみれば保育園のころから、子どもの育つ環境、特に保育や教育にかかわる大人の対応が子どもの心に与える影響について経験的に何か感じとっていたような気がしますね。また、中学の同級生に脳性麻痺の子がおり、授業中に担任だった美術の先生が、その子がどれだけ一生懸命生きているか、その子が描く線がどんなに美しいか—という話をしてくれたことがありました。今思えば、その子だけでなく、すべての子どもの潜在的な能力を引き出す、教育の力を話してくれたのではないかと思います。育つ環境は様々ですが、子どもにとって親をはじめ周囲との関係の中で、どのように認められ、扱われるかということの大切さを感じ始めた最初の出来事だったことを覚えています。
ナチュラルサポーターを増やし、共生を目指す
この領域の研究は臨床が大切です。外来での発達相談や、現場に赴いて実践的有効性を検証します。心理教育に対応できる技法を持った人を養成することや、科学的に分析して、結果を公表し社会で共有することも私たちの役割です。
東日本大震災以降、教育ネットワークセンターの震災復興支援として、児童ディサービスのボランティア派遣や震災時のニーズの実態調査、食を通じた心のケアなどを行ってきました。防災教育や避難生活のストレスマネジメント、心身のコントロールを含む心理教育など、学校教育や生活支援について提言をするためです。特に見た目に分かりにくい発達障害の場合は適切な支援を受けることが難しく、今回の震災は、そうした障害児・者に対する支援体制の問題が浮き彫りになりました。
それでも、あの混乱の中で障害児・者に配慮した人たちもいたのです。自閉症の子どもが落ち着けるよう、避難所内にブースを設置したり、並ばなくても食料の配給を受けられるような配慮をしたり。誰もが余裕がなく、些細なことで不満も出る中、責任を引き受けて共生を目指したのは本当にすごいことです。障害児・者にかかわる専門家もいましたが、多くはその方の人格、リーダーシップによるものでした。災害時だけでなく、日常の中でそうしたナチュラルサポーターの存在を増やしたい。
日本の大学は欧米に比べて学生数における障害者数の割合が低い。欧米は10数パーセントですが、日本はわずか0.3パーセントです。東北大学でも普段の生活から共生を目指せる環境作りができればいいと思っています。
[研究内容紹介]
自閉症スペクトラム障害(自閉性障害、アスペルガー障害など)、注意欠陥/多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)、知的障害など、発達障害児の心理教育的支援についての研究を行っています。臨床活動を大切にしており、「心理劇的ロールプレイング」を学び、実践的訓練を受けたメンバーがスタッフとなり、発達相談の場面でグループ活動を行ったり、小中高への訪問相談なども実施。「笑い」の力を生かした対人関係構築の研究にも取り組んでいます。