vol.33
松八重 一代 [工学研究科 金属フロンティア工学専攻 材料・資源循環学分野 准教授]
1998年3月早稲田大学政治経済学部政治経済学科卒業、2000年3月早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。2004年1月早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程(理論経済学・経済史専攻 計量経済学専修)単位取得の上退学、博士(経済学)。東京学芸大学教育学部非常勤講師などを経て、2004年2月東北大学大学院環境科学研究科環境創成計画学講座ライフサイクル評価学分野 助手、2007年4月同 助教、2008年10月同 准教授、2011年4月配置換えにより現職。2007年3月(社)日本鉄鋼協会平成18年度研究奨励賞、2007年9月東北大学大学院 環境科学研究科平成19年度研究奨励賞、2008年6月(財)みやぎ産業科学振興基金平成20年度研究奨励賞、2009年3月(社)日本鉄鋼協会平成20年度澤村論文賞、2010年10月 (財)石田記念財団平成22年度研究奨励賞、2011年5月Association of Iron and Steel Technology(米国),2011 AIST Environmental Technology Award for Best Paper and Presentation、2012年3月(社)日本鉄鋼協会西山記念賞、2013年3月 日本LCA学会奨励賞
工学と経済学からの新たな知見で循環型社会の構築を支援
持続可能な循環型社会づくりを目指し、廃棄物から資源を回収、再生産する資源循環システムの構築に取り組む松八重先生。経済活動とのかかわりを示しながら、資源の流れをトータルなフローで見せる、工学と経済学を融合した視点からの研究に注目が集まっています。
思い切って飛び込んだ未知の領域
現在、工学研究科の研究室に所属していますが、もともとは文系の経済学部出身です。高校時代は政治学に興味があり、91年に起こった湾岸戦争では、政治的な力関係が戦争を引き起こす事実に関心を持ち同級生たちと議論した思い出があります。進路選択の際に経済学を選んだのは、人間や国家間における権力や利害対立といった不確定要素の強い力学が中心の政治学より、統計的なデータを用いて解析した量的な情報を知見として示せる学問がしたいと思ったから。中でも自分の希望に叶う計量経済学を知り、大学入学時にはゼミまで決めていたほどでした。
計量経済学は、省庁や各調査機関のデータをもとに、経済モデルを作成し統計的な推論・推計のテクニックを用いて経済分析します。経済事象の検証、予測ができ、対処法を講じることができるのが魅力でした。博士課程で、産業連関分析による生産から廃棄・再資源化までの資源循環の実証分析に取り組んだことがきっかけになり、現在の上司である金属工学の長坂徹也先生に声をかけていただいて、2004年に東北大学大学院環境科学研究科へ。文系から理工系へと軸足を移しての研究に躊躇もありましたが、未知の世界に挑戦するチャンスと捉えました。やらないで後悔するより、やってだめならそのときまた考えればいい。最初からあきらめることはしたくない性分なんです。そのころプライベートでも結婚の話もあり、生活の場を仙台に移すことに多少の不安もありました。しかしそれも、いざそうした生活を始めてみれば、周りにも同じ境遇の人や単身赴任で子育てする人が少なからずいるものです。初めのうちは工学系の会議や鉄鋼業界で経済学出身ということで特殊な存在に見られることが多かったのですが、数少ない女性研究者としてスポットを当てられ、名前や顔を早く認知してもらえたことは、プラスに作用したと思っています。
サプライチェーンを通じた資源の流れに着目
現在、経済学の手法である産業連関分析と希少資源マテリアルフロー分析を組み合わせた分析を活用し、材料・資源の持続可能な循環システムの構築に取り組んでいます。資源の流れに着目したのは、そこにある技術をきちんと見たうえで提言したいと思ったからです。テーマのひとつである自動車リサイクルは以前、金属は溶かせばリサイクルといった意識でした。しかし近年は都市鉱山として「質」に関心が寄せられています。部品を鋼材ごとに選別し合金元素を有効にリサイクルするシステム、特に鉄に随伴する希少金属を種類ごとに回収できる技術があれば、より価値のある再資源化が可能になります。現場のデータ、技術をきちんと拾い上げ、産業連関分析で自動車製造のサプライチェーンを追いながら、マテリアルフローで資源の流れを見るとだれがどの工程でどのように資源を利用しているか可視化して提示できるわけです。
もうひとつのテーマは、廃棄物や下水汚泥から回収する人工リン資源です。リンは、地球の人口増加による食糧問題の深刻さが懸念される中、枯渇の恐れがあり世界から注目を集めている資源。日本は農産物の肥料や工業用のリン鉱石の資源がなく全量輸入していますが、マテリアルフロー分析により、国内の廃棄物や下水汚泥、製鋼スラグに含まれるリンの量が輸入量と同じくらいだと分かりました。戦略的に考えれば、そこに技術と人を投入する意味がある。再資源化したその先のマーケットまで考慮できるのは経済学のバッググランドがあるからなんです。
資源循環システムの構築について、社会全体を見渡して、広い視野で包括的に眺めることできるのは大学の役割です。工学的な解決だけでなく、経済学の立場からの政策提言が私たちの役割。研究プロジェクトが採択されたり、内閣府の科学技術イノベーション戦略協議会や、ナノテクノロジー・材料共通基盤技術検討ワーキンググループ等の会議の中で専門員として意見を求められたりする中で、成すべきことが見えてきたように思います。今、研究が本当に面白いと感じます。自分のデータとツールを使って得た新しい知見は、世界中でまだ誰も知らない、ここにしかないもの。国際会議などで発表して評価を得たとき、研究者としての醍醐味を感じますね。
[研究内容紹介]
松八重先生の研究室は、産業連関分析、マテリアルフロー分析を用いて、経済活動に伴う資源・エネルギーの需給構造と廃棄物・副産物の量と質を把握しその流れを可視化しながら、関連する適切な技術の検討・開発、経済波及効果や社会的コストの算定について研究に取り組んでいます。主なテーマは鉄鋼資源循環に随伴する希少資源フロー解析、レアメタルの有効利用に向けたスクラップソーティングシステムの設計、ライフサイクル視点から見た環境負荷低減型材料・資源循環システムの提案、希少資源フロー解析用産業連関モデルの開発、リンのマテリアルフロー解析など。
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