vol.34
伊賀 由佳 [流体科学研究所 先進流体機械システム研究分野 准教授]
1998年3月 東北大学機械知能工学科 卒業。2003年3月 東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻 修了、(博士(工学))。2003年4月 東北大学流体科学研究所教務補佐員、ならびに、航空宇宙技術研究所角田宇宙推進技術研究所非常勤職員。2004年4月 東北大学流体科学研究所助手。2012年5月から現職。
かけがえのない子育て時間との両立で
「質」の高い研究を目指す
ロケットエンジン内に発生するキャビテーション現象の解明に取り組む伊賀先生。ご自身の研究室を2012年に立ちあげ、研究者としても、3人のお子さんの母親としても「楽しく充実した毎日」と軽やかに語ります。
未解明の現象に挑む楽しさ
高校時代は英語と物理が好きでした。大学に進学する際に理系と文系のどちらに進むか迷いましたが、母に薦められて理系へ。母は英語教師でアメリカやヨーロッパに住んだ経験があり、「英語は手段として必要だが、理系に進んだ方が世界的な仕事ができる」と言われたのです。ものづくりに関わる勉強がしたいと工学部へ進み、機械系で学ぶうちに「流体」に興味がわき、大学院では航空宇宙工学を専攻しました。博士課程時代からの研究テーマは、ロケットエンジン内のキャビテーション不安定現象の数値解析。キャビテーションとは、液体が加速・減圧したときに気体が生じる現象のことで、エンジン内で発生すると振動や破損など引き起こし、ときに重大な事故に繋がります。この現象の発生メカニズムや振動特性について、コンピュータを用いて数値解析に取り組んでいます。古くから知られる現象ですが、物性のみではどうしても理解できない高速複雑流動ならではの部分が多いうえ、発生に規則性があったり、かと思うと不思議な変化が現れたりと、生き物みたいなところが面白いですね。世界中で研究者たちが様々なモデルを立てて、まさに喧々諤々意見を戦わせています。自分にもチャンスがあるところにやりがいを感じますね。
博士課程のとき国産液体ロケットH-II(F8)が打ち上げに失敗、原因として有力だったのがキャビテーションでした。トラブルが起これば、原因究明と技術の進歩のための研究の需要が高まりますので、そうしたタイミングもあって液体ロケットエンジンのターボポンプの研究に進みました。
博士課程を修了後、宮城県角田市にある宇宙航空研究開発機構(JAXA)に非常勤として勤務しました。エンジンの開発の最前線の現場は、大学では知りえなかった学びがあり刺激が多い経験でした。私の研究はキャビテーション不安定現象の数値解析という基礎研究なので、すぐに開発に役立つものではないのですが、基礎研究の重要性を現場で感じ取ることができ、その後の共同研究に繋がる大切な人脈ができました。
当時JAXAに、一般企業と大学での勤務を経てきた上司がおり、豊富な知識と思考の柔軟さに影響を受けました。自分自身が研究者の道を進むうえで、偏らない知識や思考を身につけながら成長していきたいと指針になりました。
仕事と育児のバランスで相乗効果
母が働く姿を見てきたので、自分が親になってもキャリアを積みながら働くことは当然のことでした。現在7歳、3歳、0歳の息子がいます。もともと「何とかなる」と深く悩まないタイプですが、1人目を出産したころにちょうど東北大学で女性研究者への支援がスタートし始め、学内保育園、病後児保育室、ベビーシッター補助金制度など、タイミング良く支援を受けることができました。2人目からは、研究所からも技術補佐員の派遣や授乳室の完備など、手厚い支援がありました。また、学内保育園で、特に単身赴任中の「ママ研究者」たちと知り合えたことで、子育てと仕事を両立させていくための様々な情報交換ができて助かりました。ママ研究者が研究をあきらめないための心の支えとして、こうしたネットワークは大変重要だと、しみじみと感じています。
1人目を出産後5カ月で職場に復帰。仕事を渇望するような気持ちで戻ったせいか、研究にも意欲的に、楽しく取り組めたことを覚えています。子育ても楽しくてしょうがなかったですね。2人目は経験値も上がった分、もっと楽しめました。今年産まれた3人目は完全に誤差の範囲内です。人生において社会に出て仕事で評価を受けるやりがいも必要ですし、子どもも10人産んでもいいと思うくらい可愛い大切な存在。育児のストレスは仕事で解消し、仕事の疲れは子どもに癒されて1日の中でいい状態にリセットされる。今がとても良いバランスですね。
子育ては予想外の出来事も多く、時間をたっぷり研究に使うことはできません。論文数や国際的な学会への参加も限られてくるので、その分集中してこれまで以上に丁寧な研究を心掛け、質を高めて勝負したいと思っています。頑張り過ぎず、バランスを取りながら取り組む意識が、研究と家庭、育児の相互にいい影響を与え合うと思っています。
[研究内容紹介]
高速流体機械に液体を流したとき、低圧部で気体が発生するキャビテーション現象は、機械の振動や騒音、性能低下や損傷などの原因となることが知られています。伊賀先生は、主に液体ロケットエンジンに搭載されている液体酸素・液体水素ターボポンプ入り口部の軸流ポンプ(インデューサ)に発生する不安定現象について、発生予測、抑制・制御手法の開発、発生メカニズムの解明をコンピュータを用いて数値解析しています。また今後、LNG(液化天然ガス)ポンプのキャビテーション性能予測や、LNG二相エキスパンダータービンの高効率化にも取り組みます。
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