vol.35
井上 奈穂 [農学研究科 生物産業創成科学専攻 助教]
2002年3月 佐賀大学農学部応用生物科学科卒業。2004年3月 佐賀大学大学院農学研究科応用生物科学専攻修了。2007年3月 鹿児島大学大学院連合農学研究科生物資源利用科学専攻修了(博士(農学)取得)。2006年4月 独立行政法人 日本学術振興会特別研究員(DC2)。2007年4月 独立行政法人 日本学術振興会特別研究員(PD)。2008年4月 順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学講座 非常勤助教および順天堂大学医学部スポートロジーセンター 特別研究員を兼務。2009年4月 東北大学大学院農学研究科生体分子機能学分野(現 食品化学分野)助教。【受賞歴】2004年 The AOCS Health & Nutrition Division Excellent Poster Award。2005年 2005 The American Oil Chemists’ Society Honored Student Award。2005年 平成17年度佐賀大学学長賞。2005年 第59回日本・栄養食糧学会九州・沖縄支部大会 優秀発表者賞。2006年 97th American Oil Chemists’ Society Annual Meeting & Expo Student Poster Award。2006年 第43回化学関連支部合同九州大会 日本農芸化学会西日本支部ポスター賞。2009年 American Oil Chemists’ Society, Phospholipid Division Award for Best Paper。
好奇心を原動力に食と生命のかかわりを解き明かす
近年、肥満、脂質異常症、糖尿病、高血圧などの生活習慣病罹患者が増加しており、トクホ(特定保険用食品)に代表される食品の健康機能が注目されています。食品機能学を専門に研究に携わる井上先生は、食品の新たな機能を解明し、健康への活用を目指して日々研究に取り組んでいます。
食品の生体調節機能を探る
専門は食品機能学です。現在、脂質代謝、エネルギー代謝など肥満に及ぼす食品成分や、生活習慣病の予防・改善に作用する食品成分の機能を研究しています。肥満や脂質異常症、糖尿病、高血圧などの生活習慣病は、生活習慣の積み重ねですので、一番の予防・改善はバランスのいい食生活と適度な運動です。例えば脂肪を抑える、代謝を高めるなどの機能をうたったサプリメントがいろいろ商品化されていますが、食事や運動効果をサポートする役目と考えた方がいいですね。私は運動も含めた作用も考慮に入れて取り組んでいます。そうした点では2008年から1年間、順天堂大学大学院医学研究科循環内科学講座と同大医学部スポートロジーセンターでの研究は興味深いものでした。実際の患者の協力のもとで病気や運動からの人体にアプローチする研究を体験でき視野が広がりました。
職業選択という点で振り返ってみると、必ずしも研究者を目指して職に就いたわけではなく、人に恵まれ目の前の研究に取り組むうちに気がついたらここまでやってきていたというのが実感です。中学・高校のころは理数系が好きで、薬剤師の仕事や血液病理学に関心がありました。農学部へ進んだのは、農水産業をはじめ、味噌・醤油などの醸造学、栄養学、また薬の元になる有機合成化学など、人の生存や健康に関する領域を広く扱っており、選択の幅があるのが魅力だったからです。食と健康にかかわる身近なテーマを扱いたいと思い食品栄養化学の研究室に所属しました。学部卒での就職を考えていたのですが、研究に着手した3年生の冬、ほどなくして就職活動もスタートさせなければならず、もう少し研究に向かいたいという思いから修士課程へ進んだのです。
好奇心と探求心が繋いだ研究への思い
当時の研究は機能性脂質の共役リノール酸(CLA)。牛や羊などの反芻動物の乳などに含まれる成分で、肥満や糖尿病の原因になる中性脂肪を抑える、免疫機能を上げるなどの健康効果が認められていましたが、さらに別の生理機能の可能性があるのではとの仮説のもと研究に取り組んでいました。幸運なことに、この仮説をもとにした研究が軌道に乗り、いま目の前にある研究を中途半端に終わらせたくないという思いから、博士課程への進学を決めました。研究者としてやっていくという思いが強かったわけではなく、今の好調な波がなくなったらそのときに別の道も含めて仕事を考え直せばいい………そんな思いでした。結果的に共役リノール酸に血圧上昇抑制作用があることを発見することができました。自分が面白いと思って突きつめて出した結果を評価されることはやはりうれしかったですね。大らかで常に好奇心に従ったチャレンジをさせてくれる教授と、綿密な計画のもとに研究を進める准教授から、研究に対する姿勢など多くを学ばせていただきました。
研究への取り組みはどんなに面白いと思うテーマでも、結果を得られるまではやはり苦しいことが多いですね。苦しい分が99パーセントで、いいことは残り1%ほどでしょうか(笑い)。それでも自分の想定と結果が合致したときの喜びは大きく、また想定した結果ではなくても「ひょうたんから駒」のようなことが起きて、そこからまた新しい何かが得られるかもしれない瞬間がたまにやってくる。枝葉が広がるようにまた調べたいテーマが出てくるものです。研究に対する好奇心や探究心でここまで続けてきたのかもしれません。
農学部は女性の進学率は高いのですが、研究者となるとやはりぐっと少なくなります。私がこの世界に入ったときも、女性研究者に会えることはほとんどなく、女性としてライフイベントを見据えた働き方などの情報もなかったですね。最近では大学で様々な女性研究者支援がありますが、ハードとソフトの両方からの支援が必要ではないでしょうか。このところ自分の研究を講演やオープンキャンパスなどで一般の方々や高校生に伝える機会が増えたこともあり、研究者として、より社会に還元できる研究への意識とともに、多くの人に関心を持ってもらえるよう伝える努力も必要だと感じます。そうした活動を通じて、仕事と自分の人生を見つめ直しながら、私自身もひとつのモデルとして広く女性研究者の存在や仕事を理解してもらえる一助になればと思っています。
[研究内容紹介]
食品化学研究室では、食品と生命機能に関連した様々な生活習慣病誘発の分子メカニズムの解明、及びその予防に取り組んでいます。特に血管系疾患や肥満の予防を目的とし、食品成分の機能性と健全性を解明するため、動物・培養細胞などを使って実験します。井上先生は主に肥満や脂質代謝異常の原因解明やそれを予防・改善する天然成分の機構解析などに携わっています。
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