vol.36
佐久間 由香 [大学院理学研究科 物理学専攻 助教]
2006年3月 お茶の水女子大学理学部物理学科 卒業、2008年3月 お茶の水女子大学人間文化研究科物質科学専攻博士前期課程修了、2010年3月 お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科理学専攻修了、博士(理学)取得。2008年4月-2010年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)、2010年4月-2011年3月 日本学術振興会特別研究員(PD)、2011年4月-2012年2月 お茶の水女子大学ソフトマター教育研究センター特任リサーチフェロー、2012年3月より現職。
生命の基本的な機能を再現し、
生物の進化の中の物理的法則を明らかにしたい
ソフトマターとは、分子が集合することによって「柔らかさ」を得た物質。その分子集合体は私たちの体を作る細胞でも活躍しています。生体膜の研究に取り組む佐久間先生は、「生命誕生からの生体の進化を物理的に解き明かしたい」と柔らかな笑顔で語ります。
卒論の実験で、世界初の脂質分子の接着に成功
中学生のころ、高層気象の観測に興味があり将来は気象に関する仕事に就きたいと考えていました。気象庁で気象観測の仕事をしていた父は、1980年に第22次南極地域観測隊の越冬隊として南極に渡った経験がありました。日本から遠く離れた極寒の地での気象観測の話はとても興味深く、子ども心にそんな父をとても誇らしく思っていました。高校を出て気象大学校への進学も考えましたが、父に「大学で幅広く学んだ方がいい」とアドバイスされ、お茶の水女子大学の物理学科へ。もともと物理はパズルみたいなところが好きだったのですが、学ぶなら結果が出る実験系の方が楽しそうという理由でソフトマター物理学を専攻しました。
研究者の道に進むきっかけとなったのは、大学4年生の卒論でした。脂質分子は、たんぱく質や核酸などと細胞を構成する基本物質ですが、脂質のみから成るモデル生体膜の新しい接着機構を発見したのです。教授に報告すると「世界で初めて、あなたが成功させたんだよ」と言われました。地球の最初の生命体は、たんぱく質のように複雑なものではなく、もっとシンプルな脂質のようなものが先に存在しただろうと言われています。これまでたんぱく質なども含む複雑なモデル生体膜を使った報告はありましたが、脂質のみを半融合状態で接着させたものはありませんでした。生物と同じく、細胞レベルでも「代謝」をしていますが、脂質の生体膜モデルで接着や孔形成など代謝経路を作り、生物と同じ振る舞いを再現できれば、原始生命体がどう進化してきたかの解明に近づけるのではないか。俄然、研究がおもしろくなり、物理の側面から生物の持つ機能や現象を明らかにしたいと思いました。
その後、生体膜が接着、分離したり孔を形成したりするのを温度で制御できることを発見しました。何事も経験だと思って特許を取ったのですが、コツコツと積み上げてたどり着いた結果を世の中に公表出来る機会を得ると、ますます仕事がおもしろいと思うようになりましたね。基礎科学なので、すぐには無理でも、私たちの研究の中で出来た技術が少しでも社会の役に立つようになればと思っています。
よく言われることかもしれませんが、決してあきらめない粘り強さは、研究者の大切な素養なのかもしれません。自分で考え抜いて出した仮説、その目標を簡単にあきらめない気持ちを大事にしたい。上手く行かなくてもあらゆる可能性を考え、角度を変えながらとことん挑戦する。そうしたことでたどり着ける何かがあるのではないかと思います。
女性研究者として生き方を考えたフランスでの体験
2012年3月に東北大学に研究の場を移しましたが、以前所属していた研究室は女子大学で、ほとんどの学生は研究とは関連のない企業に就職します。私が研究者の道に進む際、周りに女性研究者のロールモデルがいないせいか、後輩に「結婚生活や育児について不安はないですか」と問われたこともあります。私自身、結婚を考えたとき、結婚生活や子育てについて、妻や母親とは「こうあるべき」という周りの声にとらわれて、これから研究の仕事と両立できるのか迷いました。
実はここ2年ほど、夏に2カ月間、フランスのパリ第6大学での共同研究に携わっているのですが、ヨーロッパではこの分野の研究に携わる女性は多く、大学の研究者も学生も女性が多いのです。そこで指導していただいた女性の教授には、「働きながらの子育ては、大変でもやれば出来ること」と励まされ、また「結婚や出産のために、やりたい仕事やキャリアをあきらめるかどうかを考えるのは日本人だけよ」と諭されました。フランスでは女性が働くことは当たり前で、子育て支援が手厚いなど日本と社会制度に違いがあります。でも彼女たちの仕事の目標に向かっていきいきと働く姿を見て「自分次第」なのだと、迷う背中を押してもらいました。フランスでの経験は、研究だけでなく女性研究者としての生き方にも刺激を受けることが多く、今後の自分を考えるいい機会になっています。これからも研究者として一歩一歩経験を積みながら、後輩たちにも道を示せたらいいですね。
[研究内容紹介]
生体膜は生命系の基本となる構造単位であり、膜変形を通した物質移動や自己生産等により、その生命活動に重要な役割を果たしています。佐久間先生が所属する研究室のソフトマター物理学分野では、物質から見た生命誕生のプロローグの研究を行っています。おもに、生命現象を特徴づける最も重要な機能であるベシクル(球状脂質膜)の自己生産と代謝機能の発現のため、単純なベシクル内外間における物質輸送を再現し、プロトセルの物理モデルの構築を目指しています。
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