vol.37
稗田 純子 [金属材料研究所 生体材料学研究部門 助教]
2000年 三重県立四日市高等学校卒業、2004年 名古屋大学工学部物理工学科材料工学コース卒業、2006年 名古屋大学大学院工学研究科マテリアル理工学専攻博士課程前期課程修了、2009年 名古屋大学大学院工学研究科マテリアル理工学専攻博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月より名古屋大学大学院工学研究科COE研究員、同年7月より名古屋大学大学院工学研究科助教、2011年3月より現職。2013年9月 日本金属学会第23回奨励賞受賞。
暗闇の中を低空飛行するかのごとき研究。失敗をいかに明るくとらえることができるか。プラス思考が、次へとつないでいきます。
世界中で誰も知らなかったことを先駆けて見出せる研究。わくわくと知的探究心を躍らせる一方、実験が首尾よくいくことは稀有なことなのです、と稗田先生。失敗を糧に、新しい発想と可能性を探り、再び試みる――積極思考と創意工夫の積み重ねが、成果をもたらす原動力となります。
「ナゾを解き明かす博士になりたい」。幼いころの夢に向かって一直線。
「『ゆかし』という古語があります。今日(こんにち)では『奥ゆかしい』などに残っていますが、ゆかしとは“見たい、知りたい、聞きたい、読みたい” と心が対象物に向かって、好奇心旺盛にひきつけられる状態のことを意味するそうです。私の研究の原動力はまさに『ゆかし』なのです」。研究という言葉を知らなかった幼いころから、「はかせ」への憧れを持っていたと語る稗田先生。「宇宙や恐竜、人体の不思議などを取り上げていたNHKの科学番組を視聴するのが大好きだったのですが、番組内で解説する専門家・研究者をみては『いろんなことを知っていて、すごいなぁ』と、その知識量に驚いていました。『世の中には謎がたくさんあって、それを解き明かそうと努力している人たちがいる。私もそういう風になりたい』と思い続けてきました」。そして憧れは、明確な目標へと変わっていきます。
学部は、主に金属工学について学ぶ物理工学科材料工学コースでした。「同級の理系女子は、そのほとんどが化学系の学部や薬学部に進みましたから、珍しがられましたね。私は元々、自動車や航空機、ロボットといったメカニカルなものにとても興味がありました。それらを構成する主な材料は金属です。ですから、金属工学に進むことは、私の知的探究心や志向性と矛盾なく合致することだったのです」。
研究者になる以外の選択肢は考えていなかったという稗田先生。「私にとっての研究は、“ゆかしきことごと”を探る取り組みです。目指すのは、教科書にも載っていないことを、世界に先駆けて見出すこと。しかし、その道のりは長く険しく、うまくいかないことの方が圧倒的に多いのです」。暗闇の中を低空飛行しているような心持ち、と表現する稗田先生。次に飛び出したのは“明るく失敗する”という言葉でした。「私には、そもそも(研究という)好きなことをできているのだから、幸運で恵まれているという前提があります。不首尾に終わった実験結果については、もちろん反省はしますが必要以上にシリアスに捉えず、いかにして次の糧にしていくか、新しい発想につなげていくかということを考えるようにしています。周囲からは“根拠なきプラス思考”と、からかわれたりもするのですが(笑)」。常にポジティブであろうと努力する稗田先生、研究室のムードメーカーです。
病で苦しむ人びとの役に立つ…
生体材料が抱く可能性と希望が、研究の推進力に。
「読者の方やそのご家族・お知り合いの中には、人工股関節や人工歯根(デンタルインプラント)などの医療用デバイスを装着されている方もいらっしゃるかもしれませんね」。近年、疾病により失われたり衰えたりした人体の構造や機能を、治療・補完する医療用機器に対するニーズが高まっています。その背景には、高齢者人口の増加や、QOL(quality of life:生活の質)維持・向上への要請があります。「生体材料は、生体適合性に優れ、長期間にわたる体内での使用に耐えるものでなければなりません。セラミックスや高分子は、生体との親和性が高いのですが、機械的強度や耐摩耗性という観点からみれば、金属材料のほうに軍配が上がります。でも体と金属は、そもそも仲が良くありません。そこが克服すべき大きな課題です」。稗田先生が取り組んでいるのは、生体組織と力学的・生物学的に調和する金属材料の研究・開発。金属の中で最も生体親和性が高いTi(チタン)を主な構成元素とした合金の設計、その生物学的適合性評価に日夜挑んでいます。「この研究は、いずれ病に苦しむ人びとの役に立つという可能性があります。そういった希望は、研究を推進させていくパワーになりますね」。一方で、大学教員として研究面だけではなく、教育や学内の行政・運営なども担っていかなければなりません。「対人関係を円滑に運ぶバランス感覚やコミュニケーション力が必要不可欠ですね」。中には苦手なこともありますが、“人間、一生勉強”と心得ています、と稗田先生。ここでもプラス思考がベースとなっています。
国内における女性研究者の割合は、欧米の先進諸国と比べて未だ低い状況にあります。とりわけ金属材料の分野では、その傾向が顕著ですが、圧倒的少数派として戸惑ったりしたことはありませんでしたか?「これは個体差のほうが大きいかもしれませんが、体力面で付いていけないと度々思いました(笑)。男子学生は、ここぞという局面には、徹夜を続けたり、研究室に泊まり込んだり、という荒業で研究を煮詰めていくのですが、私はそういうことはできなくて…。コツコツと積み上げて、結果を出していきました」。まさに『ウサギとカメ』といった研究模様。でも、寓話の中で最終的に勝利するのは…カメでしたね。
[研究内容紹介]
人工骨、人工関節や歯科用インプラント等、事故や疾病により骨折あるいは欠損した骨や歯の再建に使用される医療器具には高強度・高耐久性が要求されるため、現在、その7~8割に金属材料が使用されています。稗田先生は医療用金属材料、特に医療用チタン合金の設計と開発、熱加工処理による力学的特性の強化、表面修飾による生体機能化に関する研究に取り組んでおられます。
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