vol.38
高篠 仁奈 [農学研究科 国際開発学分野 助教]
1998年3月 大阪府立茨木高等学校 卒業、2002年3月 神戸大学経済学部経済学科 卒業、2004年3月 神戸大学大学院国際協力研究科国際開発政策専攻 博士課程 前期修了、2007年3月神戸大学大学院国際協力研究科国際開発政策専攻 博士課程後期修了。経済学博士。(財)国際開発高等教育機構・国際開発研究センター(ジュニアプログラムオフィサー)、北海道大学 社会科学実験研究センター(博士研究員)、同大 文学研究科(学術振興会特別研究員)、東京大学 農学生命科学研究科(学術振興会特別研究員)などを経て、2010年12月より現職。

フィールドワークを通じて知った多様な貧困のかたち。地域/人びとの潜在的能力と持続可能性を架橋する研究と行動で、新しい希望を紡ぐ。

以前、ボクササイズに通っていた高篠先生は、勧められるままにボクシングの試合(!)に出たことがあるのだといいます。「私は闘争心や攻撃性をあまり持ち合わせない人間なのだな、とわかりました」。経験から得られる新しい発見、培われる思考や見識。研究も同じです。

高篠先生

「研究がつらくなったらやめよう」――自由で柔軟すぎる方針、その真理とは?

世界の人口の約21パーセントにあたる12億人――これは1日1.25ドル未満で暮らす最貧困者数です(数字は2010年。「貧困層の分析」世界銀行2013年4月)。極度の貧困は1980年代から今日までの間に、すべての発展途上地域で減少していますが、サブサハラ・アフリカ、南アジア・東南アジアにおいては依然として解決の待たれる重大な課題です。「中学2年生の時だったと思います。報道番組でカンボジアの児童売春のレポートを視聴しました。貧しさによって人権と尊厳を奪われている現実を知り、少なからぬショックを受けました。将来の道として、国際的な仕事に携わりたいとは薄々考えていましたが、その時から途上国の支援に取り組みたいと強く意識するようになりました」。生まれは西ドイツ(当時)。幼児期には日本へ帰国したというものの、グローバルな視座と語学習得への熱意は、そうしたバックグラウンドに起因しているのかもしれません。「経済的、社会的、人道的な国際問題の解決を担う機関として国連があるよ、と父が助言してくれました。国連勤務は実現していませんが(笑)、貧困撲滅に資する開発経済学を研究し続けていますから、初志は貫いていると言えるかもしれません」。

大学院は国際協力研究科へ。ここでの恩師との出会いにより、研究の面白さに開眼。また留学生向けの講義を担当するティーチングアシスタントや、塾講師のアルバイトを通じて、“教え導く役”への適性に気付きます。「わからないことがクリアになっていく過程を間近で見られることがうれしいですし、何よりも教えることによって、自らも成長できます。途上国の現場で汗することも将来の選択肢にありましたが、私はむしろ大学という場で研鑽を積むほうが能力と可能性を発揮でき、また社会に貢献できるのではないかと考えました」。その時、決めたのが「つらくなったらやめよう」という、一見自由で柔軟すぎる方針。「つらければ興味と関心、情熱を注ぎ続けることができないでしょう」。研究に対して、常に真摯であろうとする高篠先生の姿勢の表れです。

「足るを知る者は富む」という言葉を思い出させてくれた貧困地域の現地調査。

高篠先生の研究は、実際に東南アジアや南アジアの農村に分け入って、家計調査やヒアリングを行うことから始まります。「修士1年生の時、指導教員に随伴して、初めてフィールドワークを行いましたが、その時は緊張と不案内な土地での旅で、体調を崩してしまいました。海外での仕事・研究はそう甘いことではない、と洗礼を受けた気分でした。今では学生さんを帯同する立場になりましたし、いろいろな経験を一緒に楽しむ余裕もあります。学生さんの探究心を引き出せればよいな、といつも思っています」。そして、現地調査を重ねるうちに、“貧困”とは一体何であるのか、改めて深思させられることになったといいます。「絶対的/相対的貧困の判断基準や定義は、実に多様です。私が訪れた集落は、確かに貧しいかもしれない。でも…こう言うと少し語弊があるかもしれませんが、彼らは幸せに暮らしているんですね」。幸運にも豊かに暮らしている自分自身が帯びる先入観や価値観を物差しにしてはならないと強く戒めています、と高篠先生は語ります。

「農村の実態を分析した研究成果は、貧困を削減するための社会政策の立案運営に役立つかもしれません。一方で私としてはもっと直接的に、人びとの支援に取り組みたいという思いが強くなってきました。例えば、地域の金融経済のメカニズムを研究・解明しながら、得られた知見をすぐに社会生活に還元して、現状の改善につなげていく“アクション・リサーチ”を通じて、貧困者向けの小口融資マイクロファイナンスを立ち上げることはできないかと模索しています。」と高篠先生。「仕事に必要な少しの資金を得られれば、起業や自立が叶い、貧しさから抜け出せるという人びとも少なからずいます。潜在的な能力と持続可能性に橋を架ける取り組みを通じて、貧困という社会的課題の解決につなげていきたいですね」。すでに今年の夏から融資の分野を担ってくれる現地NGOとのネットワークづくりにも着手。可能性と未来を架橋し、希望を紡ぐ研究と行動が始まっています。


研究内容紹介

[研究内容紹介]
高篠先生のご専門は、ミクロ経済学的な視点からアプローチする農村の開発問題。特に、途上国の農村における貧困緩和プロジェクトの効果的な実施方法や、農村の伝統的な制度・慣行と組織の役割に関心を持ち、研究に取り組んでおられます。研究対象地域は東南アジアや南アジア。インドネシアのジャワ農村やインドの西ベンガル農村、バングラデシュの沿岸部などで、現地の大学・研究機関といったカウンターパートと連携し、現地調査を実施しています。近年はさらに国内の離島や中山間地農村といった条件不利地域にも目を転じ、その発展・振興に向けて社会関係資本(ソーシャルキャピタル)をどう活かすことができるか、という問題にも着手。国内の農村研究については「日本の経験を途上国に伝える」という観点からも、途上国農村の発展に役立つ知見を積み重ねていきたいとお考えです。

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