vol.41
佐竹 保子 [文学研究科 教授]
1972年 鶴岡南高等学校卒業、1976年 東北大学文学部文学科(中国文学専攻)卒業、1978年 同大大学院文学研究科 博士課程前期(中国学専攻)修了、1981-1983年 北京大学中国語言文学系高級進修生修了、1983年 同大大学院文学研究科博士課程後期(同専攻)単位取得退学。博士(文学)。東北学院大学教養学部助教授、鳴門教育大学教育学部助教授(大学院担当)などを経て、2000年 東北大学大学院文学研究科助教授、2006年より現職。

学ぶほどに沸き上がる知的好奇心、中国文学の浩浩たる学海へ誘われて。時空を超えて、先人たちの精神的営みを見つめる。

「フィギュアスケートを観戦するのが好きなのですが、ふと、漢詩に似ていると思ったのです」と佐竹先生。すなわち見た目に美しく、音楽で楽しませてくれて、ストーリー性があること。「ショートプログラムは絶句で、フリースケーティングは律詩ですね」、ユーモアたっぷりに中国古典の世界へ誘います。

佐竹先生

古今東西の書籍を読破した少女時代を経て、中国三千年の文学の世界へ。

「汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)」という言葉があります。車に積んで牛に引かせれば、その重さで牛が汗をかくほどであり、家の中に積み上げれば棟木に届くほど、多くの書物にあふれる有り様をいいます。佐竹先生の研究室は、まさに「牛に汗し棟に充つ」といった様子。もちろん地震による落下防止の策もしっかりと施されています。「小さいころから本が大好きでした。我が家は転勤族でいろいろ町に暮らしましたが、引っ越してすぐに父がすることは本屋さんを見つけること。そして馴染みになると店主さんに、娘である私が来たときは後払いで…つまりツケで(笑)渡してあげてほしいとお願いしてくれたのです」。古今東西の“知の集積”である書籍に親しんでこられた佐竹先生、なぜ中国文学を専門とされるようになったのでしょう? 「高校生の頃だったでしょうか、高橋和巳さん(小説家・中国文学者。1931年-1971年)が著された『中国文学論集』を読み、非常に感銘を受けたのです。その頃、日本の中国文学研究においては、自発する精神性を礎に、研究対象を論じていく…つまり自己を重ね合わせて論理構築をしている試みがなされ始めていて、高橋さんが展開する力のこもった論に驚かされたのです」。しかし、足を踏み入れて初めて眼前に現れる事柄があります。

「中国文学は3000年以上にわたる文献の歴史を有しています。それは、まさに茫洋たる大海に横たわる人間の知的営為です。とにかくわからない、もっと学びたい、もっと探究しなければ…と希求し続けて、今日に至っています」。博士課程後期には北京大学へ留学。「私が師事した馮鍾芸先生、袁行霈先生は、連綿と続く彼の国の知性を体現されているような素晴らしい方々で、メンター的な存在になってくださいました。馮先生は残念ながら鬼籍に入られてしまいましたが、袁教授とは今でも著書の翻訳をさせていただくなど、研究交流を続けています」。当時は、改革開放政策が始まって間もない頃。大学に戻ってきた学究の徒が、意気揚々と研究を再開している姿が印象的だったと語る佐竹先生。「真理を追究したいという人間の知的好奇心に深く感じ入りました」。

自身の価値観を滅して、先人が語りかけることにひたすら耳を傾ける。

私たちは“今”の時代に特有な社会的価値、育ってきた国や地域に固有の文化的な価値観を帯びる宿命にあります。佐竹先生が特に興味を持っている漢魏六朝時代の文学は、紀元前3世紀から紀元6世紀に書かれたもの。それらに向き合う時、自分の価値観を当てはめないことが前提となります。「たとえば現代人のなかで“情(相手を思いやる心)”をないがしろにしてよいと思う人は、おそらくいないでしょう。六朝時代には、美しく調和のとれた自然を描写した山水詩が盛んに詠じられたのですが、それは人為のない自然に没入することによって、情を遮断することを試みたようなのです。この時期、知識人の間には仏教思想が広がりつつありました。仏教では、限りなく生と死を繰り返す輪廻を苦と捉え、二度と再生を繰り返さない解脱を理想とします。輪廻は情によって生ずるとされていますから、自然を詠むことで、情を鎮めたり無くしたりして、解脱することを願ったのではないかと私は考えています」。「先人たちは、私たちが簡単に理解できるようには書いていません。傾聴するがごとく、我を消滅させて、作者の言わんとしていることに、ひたすら耳を傾けるのです。こうした姿勢は実生活でも生かされていて、相手の言い分をよく聞くようになりました。古典を学んだ効用ですね(笑)」。

さらに佐竹先生を捉えて離さないものに、漢詩の美しさがあります。「私が好んで鑑賞する律詩は、句数や字数、平仄、韻律といった約束事(格律)がとても厳しいのです。そんな多くの制約の中で、見目(字面)麗しく、聴いては(音楽的に)耳に心地よく、また深い意味をも含意するといった全方位的“美”を成就しているのです。これほどまでに美しくなかったら、研究を続けていたかどうかわかりません」。

近年、佐竹研究室では、女子学生が目立って増えてきました。「学界は、男女等しい人数の研究者で構成されることが望ましいし、自然であると思っています。これまで数的に男性が勝っていましたが、今後、女性研究者が増えてくることで変化が生まれるのではないかと期待しています。早く私を乗り越えて飛躍してほしいですね」。佐竹先生に続く若き研究者たち。日本の中国文学研究に新しい歴史のページが加えられていきます。


研究内容紹介

[研究内容紹介]
中国語学中国文学研究室では、空間的にはアジア大陸のほぼ東半分、時間的には紀元前十数世紀から現在に至るまでの、言語と文学の営為を研究対象としています。範囲が広い上、記録に執心する文化・歴史的背景があるため、書記言語・音声言語ともに非常に多様な変遷と交流の軌跡を示し、文学においても優に百を越すジャンルを擁するといいます。研究室の大学院生は、この中から最も興味と関心を引く対象を選択し、必要な原典を漢文・中国語・日本語を駆使して解読し、それらを広大な時空の中に位置づけ、解釈していきます。佐竹先生がご専門とするのは中国古典文学、とりわけ漢魏六朝文学に照準をあて、漢から六朝に至る約800年間の詩歌を考究されています。

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