vol.42
吉沢 豊予子 [医学系研究科 保健学専攻 家族支援看護学講座 ウィメンズヘルス看護学分野 教授]
1976年3月 秋田県立秋田北高等学校卒業、1979年3月 東北大学医療技術短期大学部看護学科卒業、1980年3月 東北大学医療技術短期大学部専攻科助産学特別専攻修了、1987年3月 千葉大学看護学部卒業、1990年3月 千葉大学大学院看護学研究科修士課程修了、1997年3月 千葉大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。埼玉県立衛生短期大学助産学専攻(助手)、長野県看護大学(助教授、教授)などを経て2004年3月より現職。2008~2012年 東北大学医学部保健学科長。2012年~日本学術会議 連携会員。『更年期医療のコツと落とし穴』(中山書店、2005年)、『月経らくらく講座』(文光社、2004年)など著書多数。主な受賞としてChiba メノポーズ・アワード(1997年)、Schering Fellowship (2001年)。
フェミニズムの視座から探究する看護学。多くの研鑽が導いたのは、多様性への理解、受容する姿勢。千差万別な“個”と向き合う大切さを伝えていきたい。
男女格差はなぜ存在するのか――“性別に基づく社会的な差別”の源を探るためにとったアプローチは、女性の身体を深く知る事でした。飽くなき考究が導いたのは、社会的な性別(ジェンダー)の圧力に苦しむのは女性だけではないという実相。そして“違っていても尊重し認め合う”感性と姿勢の重要性でした。
女性特有の身体的機能と能動的・積極的にかかわってほしい。例えば月経も妊娠出産も。
吉沢先生にとって忘れられない言葉があります。「高校1年生の時、選択科目の地学Iを履修したのですが、担当の男性教諭が『君たちの未来は二者択一ではない。仕事も家庭も、どちらも手にすることができる』と諭してくださったのです」。当時の女子の4年制大学進学率は10パーセント前半(全国)。女子生徒の多くは高校卒業後、いわゆる腰掛け的なお勤めをし、その後結婚し、専業主婦になりました。「保守的な土地柄の女子高にあって、おっとりと過ごしていた私たちを揺さぶるのに十分な“教え”だったのです」。
そして模索し始めた自立への道。「看護師を目指すことになりましたが、私にとって幸運だったのは、我が国において看護が学問として発展していく時期だったことです。大学化が推進され、理論、臨床、研究の三位一体で、看護学が進化・深化していきました」。看護を科学的に記述していくおもしろさに開眼したことも、吉沢先生の研究への取り組みに拍車を掛けました。「看護学が対象とするテーマは広範ですが、助産師でもあった私は『母性看護学』を研究・教育対象に掲げていました。これはマタニティサイクル期にある女性と子どもが抱く健康問題の理解と援助を目指すものです。確かに“産み育てる”イベントはとても重要です。でもその時期だけでよいのだろうか、という疑問が湧き上がってきたのです」。そして新たに標榜した「ウィメンズヘルス看護学」。女性の生涯を通じた健康維持・向上を目標とする中で、特にQOL(生活の質)に直結する問題として初めに取り組んだのが「月経」の研究です。「女性は、月経周期によって月経前緊張症候群(PMS)や月経痛といった不快な身体・精神症状に見舞われます。能力や性格さえも変容させるという研究もあります。そうした期間は、半ば仕方のないものとしてきた風潮があると思います。しかし私は女性特有のリズムを理解すれば積極的・主体的にコントロールできるし、またしていくべき、という考えを持っています」。自分の身体と能動的に関わってほしいことの最たるは出産なんですよ――吉沢先生の興味深いお話は続きます。
どの時期にどのライフイベントを迎えるのか…人生のロードマップを頭の中に。
現在、全国で生まれる子どもの4人に1人は35歳以上の母親から生まれています(人口動態統計)。「年齢が上がるということは、不妊症やハイリスク出産が増えるということ。以前の私は、まず自立のためのキャリア形成に努めるべし、と学生さんに説いてきましたが、妊娠出産能力や育児の肉体的負担からみれば、“産みごろ”というのは確かに存在します」。もちろん子どもを持つ/持たないは、個々人の生き方そのものでもあるので、過干渉は慎まなければなりませんが、と前置きして吉沢先生は続けます、「身体的なことを考慮すれば、適切な時期に主体的かつ計画的な妊娠出産をすることが必要になるでしょう。そのためには、人生のそれぞれのステージで何を為すのかといったライフプランを早い時期から意識する必要があるのではないでしょうか。これは女性に限らず、男性にも考えてほしいことなのです。乱暴な物言いなのは承知していますが“子どもは授かるのではなく、つくるもの”。ウィメンズヘルスと女性の社会進出の観点からも、声を大にして主張したいですね」。
吉沢先生の研究の通奏低音となってきたのが、フェミニズムの視点です。「現在では、まだ発達・拡充の余地があるものの、男女共同参画の気運も高まっています。しかし、私が学生時代の頃は、男女格差は至る所に顕在していました。どうして女性は差別される対象なのか、という気にかかって仕方のない(笑)問題を考察するには、まず女性のことを深く知らなければならないと思いました。そのことが私をウィメンズヘルスの研究に強く誘ったともいえるのです」。そして多くの研鑽が導いたことは「違っていても平等。男女にかかわらず、多様性を理解して尊重し合うことの重要性」でした。「多様性の尊重は私の原点です。その背景となっているのが、看護学でいう“個別性”という姿勢です。治療にはスタンダードがあります。しかし看護する場合は、患者さん一人ひとりを看るのです。こうした個と向き合うことの大切さが、これからの時代にますます求められていくのではないでしょうか」。“女性の健康”を主幹に、興味と関心に沿って、様々な研究テーマへと枝葉を広げてきた吉沢先生の研究。多くの知見を宿す大樹が、看護学を体系化するケア・サイエンスの発展を力強く支えていくことでしょう。
[研究内容紹介]
ウィメンズヘルス看護学分野は、保健学専攻看護学コースの1分野です。吉沢先生は、フェミニストの視点を持って女性の生涯にわたる健康の保持・増進、ならびに女性のQOL(quality of life:生活の質)の向上を研究・教育の理念に掲げ、それらに資する看護援助方法の開発と、看護研究者・教育者の養成に取り組んでいます。研究においては、臨床研究を中心にエビデンスを知見へと積み上げていくことを目指し、従来、暗黙知、属人的技術として捉えられがちだった看護を理論的に体系づけ、実践科学へと構築していく試みを続けています。また、国際的なネットワークの中での交流を通じ、看護における異文化比較も加味したグローバルな視野での研究も深めています。
上記インタビュー記事のダウンロードはこちらから