vol.46 [研究者対談]
新しい研究の創成に期待される女性研究者の多様な視点や発想。女性の力を我が国の科学技術立国戦略のひとつに。
2009年度からスタートした「杜の都ジャンプアップ事業for2013」。多くの試みを成果に結び、いよいよ締めくくりの時期を迎えました。そこで女性研究者育成支援推進室の副室長の3先生にお集まりいただき、5年間の振り返りと今後の展望について意見を交わしていただきました。世界の最前線で活躍する研究者の立場からの考察、そして女性の多様な発想や能力を、日本の研究競争力向上のために積極的に活用すべき、という高い視座からのお話にも注目です。
少数派ならではのアドバンテージとして、密度の濃いネットワークが構築できる点がある。分野を越えて培われた人脈は、今後の財産になるのでは(小谷)
田中 本日は、総長特別補佐(研究担当)の小谷先生、総長特別補佐(男女共同参画担当)の大隅先生に足をお運びいただきました。“師走”のこの時節、お二方は全力疾走されているのではないでしょうか。早いもので「杜の都ジャンプアップ事業for2013(以下、本事業)」も大詰めを迎えました。本誌の巻末でも詳しくご紹介していますが、本事業は「世界トップクラス研究リーダー養成プログラム」「新ネットワーク創生プログラム」「研究スタイル確立支援プログラム」の3つの柱を掲げ、推進してきました。「世界トップクラス…」の一つの方策としては、メンター(良き指導者・優れた助言者)制を運用しました。これは若手の女性教員の方からもとても評判が良かったようです。
大隅 メンターの任には、沢柳フェロー(人物・学識共にロールモデルにふさわしい人物として東北大学総長から任命された女性教授)が当たりました。本事業は、理・工・農学系の女性教員が対象なのですが、沢柳フェローは文系・理系に依らない20名以上の教員によって構成されています。当初は、マンツーマンのメンター制度を敷いたほうがよいのではという意見があったのですが、相談したい人にコンタクトが取れる自由度を持たせました。つまり理系であっても文系の教授に、自由に助言や指導を求めることができるのです。それが功を奏したようですね。
田中 はい、例えば学際融合とされるような研究において、文系の立場からの着想やヒントをいただけるよい機会となったようです。また、理・工・農学系はキャンパスが離れているので、実際に“袖振り合う”こともないのですが、縁結び、というかお互いに面識を得る場として、ランチミーティングなども企画しました。ここでは同席されたメンターに、若手女性教員の悩み事や困っていることなど、あえてネガティブな情報を聞き出してもらい、それを個人の問題とせずに共有することも試みました。シェアすることが、問題解決につながっていくと考えています。
小谷 本学の理・工・農学系分野における女性教員の割合は約6.5パーセント(平成25年5月現在、助手除く)と非常に低いと言わざるを得ない数値なのですが、少数派ならではのアドバンテージとして、密度の濃いネットワークが構築できるという点があります。今、両先生からお話のあったメンター制などは、異分野の研究者とコミュニケートできるよい仕組みですね。今、世界的な研究の趨勢は大きく変化していて、従来の専門分野の枠組みを越えた横断的、学際的な取り組みによって、新しい潮流がどんどん生まれています。そういう意味でも、ここで培われた人脈が今後の財産になっていくのではないでしょうか。
田中 人脈やコミュニティづくりをサポートするシステムとして、本事業独自のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)も運用しました。登録者は208名(平成25年12月現在)以上を数えましたが、もっと工夫できる余地があったのではないかと思っています。
大隅 たとえばフェイスブックやツイッターなどの既存のSNSを活用する可能性も模索すべきなのではないでしょうか。これらはプッシュ型と呼ばれ、ユーザーの能動的な操作を伴わずに、自動的に情報やコンテンツが配信されるものです。リアクションをプッシュされるというわけですね。セキュリティや運用ルールなど、対策を講ずれば、望ましいツールになるのではないかと思います。
人が集まる場所で発言しないことは、存在しないことと同義。海外の研究者たちはプレゼンスを示すことに非常に敏感。日本との異なる文化を見聞してほしい(大隅)
田中 研究者としては、自身が取り組んだ成果を公にして、評価の場に開き、研究資金獲得などにつなげていかなければなりません。もちろん世界というフィールドで闘うことが前提です。視野を広げ、最新の知見に触れたり、国際的な人的ネットワークをつくるためにも、もっと国際会議や学会などを活用してほしいですね。本事業では、国内外の会議に出席する費用を支援する「研究スキルアップ補助金」があります。若手研究者の“翼”になってくれたのではないでしょうか。
大隅 日本人は…という括り方は適切ではないかもしれませんが、海外でも、ましてや国内の会議でも、活発に質問をする姿はみられないですし、それが常態になっていますよね。ところが海外の研究者というのは、発言する機会を狙っているような印象があります。彼らの感覚では、会議や打ち合わせの規模の大小にかかわらず、人が集う場所で物言わぬことは、存在しないことと同義なのです。プレゼンスを示すということに、非常に敏感です。
小谷 今、大隅先生が言われたことと、根は一緒だと思うのですが、日本という国自体が、優れた研究成果や先進技術を有しているにもかかわらず、世界の中で存在を示せていないような気がします。例えば、中国や韓国の研究者たちと接していると「世界で生きていく」という覚悟と気概のようなものをとても強く感じるんですね。もっと前進、進歩しなければという危機感が、伏流して、研究の原動力になっています。存在感を示すことにも非常に積極的です。
田中 本事業では、個々の能力のジャンプアップを図り、世界トップリーダーとして、未来のサイエンスを拓く女性研究者を養成することを5年前から目標に掲げています。女性の力を成長戦略の一環として捉える国の施策にもあるように、これからは女性の活用が鍵となってくるようですね。
小谷 従来、活かされることの少なかった女性研究者の多様な視点や発想を取り入れることは、研究活動の活性化や創造性の向上につながります。そう考えると、女性の力はひとつの資源なんですね。東北大学が、全国の大学に先駆けて、“女性の力を重視し、実力ある人材をリーダーとして登用します”というメッセージを示したことは特筆すべきことだと思います。女性研究者・教員の数を増やす方策はもちろん重要ですし、継続させるべきですが、一方でリーダーを輩出することにも力を注ぐべき。そのためにも有能で将来性ある人材に向けた、機会の創出が必要となってきます。
大隅 前事業の「杜の都女性科学者ハードリング支援事業(平成18年度~20年度)」(学内事業として継続中)では、裾野の拡大を図り、本事業ではリーダー養成を通じて、てっぺんを高くすることに取り組みました。そうすることで山全体が大きくなっていきます。その山が動くまでには、まだ少し時間がかかりそうですけれど。私は、マイノリティたる女性研究者の“見える化”が重要であり、またそのロールモデルは多様であるべきだと思っています。バックグラウンドやキャリア、ライフスタイルの種々な姿形をお見せすることで、中・高校生にももっと近しく感じてもらえるのではないでしょうか。実態がわからないという不安が、研究者/教員への道を遠ざけてしまうように思います。
小谷 理工系という選択肢の意識づけのために、高-大連携の教育活動が進められていますが、数学や物理に関しては、もっと早い中等教育の段階で、本人の興味や関心に応えていなければならないんです。
田中 進路を決める段階では、保護者の方のお考えが大きな影響力を持ちます。やはり一番危惧されるのは「将来はどうなのかしら」ということでしょう。大隅先生がおっしゃる“見える化”によって、生き生きと働く姿をお見せすることが、理解醸成の一番の近道かもしれませんね。
100年前に日本で初めて女性大学生となった3人の先達には、「今、世界のフロントランナーとして活躍する女性研究者がいます」と胸を張って報告したいですね(田中)
田中 「門戸開放」を開学以来の理念に掲げる東北大学では、1913(大正2)年に、日本で初めて3名の女子大学生を受け入れました。当時は、「女に学問は不要」とされていた時代ですから、入学許可は女性の歴史を変えた大英断でもあったわけです。3人の先達には「100年後の後輩たちは、世界のフロントランナーとして活躍しています」と胸を張って報告したいですね。
大隅 10年前に男女共同参画シンポジウムの席上で渡されたアンケート用紙の一番初めに「あなたは男女共同参画という言葉を知っていますか?」という設問がありました。その頃と比べると、隔世の感がありますし、人が社会をつくり、社会が人を変えていくのだと身をもって実感しています。男女雇用機会均等法(施行1986年)以降の、女性の社会進出の過渡期を過ごした一人として、これからも後進を育てていくことに深くかかわっていきたいと思っています。
小谷 社会的・経済的な出来事が、国や地域などの境界を越えて、地球規模に拡大していくグローバル化の流れは、もはや止めようがありません。そうした中で、世界という土俵あるいは市場で闘っていかなければならないことを、これからの研究者は肝に銘ずるべきでしょう。また、女性活用がこれだけ明確に打ち出されている時代にあって、様々なチャンスが用意されています。まさに門が開かれている状態だと思います。ぜひ多くの女性たちに門をくぐってもらいたいと願っています。
田中 本事業は、次年度から大学独自の取り組みとして継続される予定です。厳しいことを言いますが、これだけ環境や支援が整備されているのですから、あとは本人の意思と努力次第ということもあるでしょう。研究は、もちろん困難や苦しみを伴いますが、研究者でしか味わうことのできないワクワク感や達成感をもたらしてくれます。より多くの方に、そうした素晴らしい研究体験を堪能してもらいたいですね。小谷先生、大隅先生、本日はありがとうございました。
大隅 典子 [女性研究者育成支援推進室副室長、総長特別補佐(男女共同参画担当)、医学系研究科 教授]
1988年東京医科歯科大学大学院歯学研究科修了。歯学博士。1988年同大学歯学部助手、1996年国立精神・神経センター神経研究所室長、1998年より現職。2006 年東北大学総長特別補佐(男女共同参画担当)、2008年東北大学ディスティングイッシュト・プロフェッサーに就任。2004年より科学技術振興機構CREST「ニューロン新生の分子基盤と精神機能への影響の解明」研究代表者、2007年より東北大学グローバルCOE「脳神経科学を社会へ還流する研究教育拠点」拠点リーダーを務める。2006年より東北大学女性研究者育成支援推進室副室長として振興調整費による「杜の都女性科学者ハードリング支援事業」を推進、同年、女性研究者育成支援態勢整備の促進に貢献したとして、「ナイスステップな研究者2006」に選定される。
小谷 元子 [女性研究者育成支援推進室副室長、総長特別補佐(研究担当)、原子分子材料科学高等研究機構 機構長/理学研究科 教授]
1983年東京大学理学部数学科卒業、1990年理学博士。1999年東北大学大学院理学研究科助教授を経て2004年から現職。2005年「離散幾何解析学による結晶格子の研究」により第25回猿橋賞を受賞。海外研究暦として1993年9月~1994年8月マックスプランク研究所(ドイツ)、2001年4月~11月高等科学研究所/IHES(フランス)、2006年2月~4月ニュートン研究所(イギリス)など。2008年より東北大学ディスティングイッシュト・プロフェッサー。日本数学会理事。専門は数学分野幾何学、幾何解析学、離散幾何解析学。2006年より東北大学女性研究者育成支援推進室副室長として振興調整費による「杜の都女性研究者ハードリング支援事業」を推進。
田中 真美 [女性研究者育成支援推進室副室長、医工学研究科/工学研究科 教授]
1995年東北大学大学院工学研究科博士課程前期修了、同年より同大工学部助手、1999年博士号取得(工学)、2000年講師、2001年助教授、2007年准教授、2008年より東北大学大学院医工学研究科(工学研究科兼務)教授。この間、2002年10月から2008年3月まで東京工業大学助教授(准教授)精密工学研究所を併任、2003年11月から10カ月間文部科学省在外研究員としてフランスパリCNAMで過ごす。2000年日本AEM学会論文賞、2001年度日本機械学会奨励賞(研究)、2007年度日本機械学会賞(論文)、2008年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。バイオメカトロニクスに興味を持ち、機能性材料を用いた触覚センサシステムの開発や医療福祉に関連するQOLテクノロジー創出の研究を行っている。2009年より東北大学女性研究者育成支援推進室副室長として振興調整費による「杜の都ジャンプアップ事業for2013」を推進。
上記インタビュー記事のダウンロードはこちらから