内藤 真帆[文学研究科 准教授]
鹿児島県立 甲南高等学校 卒業
東京女子大学 現代文化学部 言語文化学科 卒業
京都大学大学院人間・環境学研究科 文化・地域環境学専攻博士前期課程 修了
京都大学大学院人間・環境学研究科 共生文明学専攻博士後期課程 修了 博士(人間・環境学)
2021年-現在 東北大学大学院文学研究科 言語学専攻分野 准教授
紫千代萩賞を受賞してのご感想をお願いします。

世界にはおよそ7000の言語が存在します。一方、オセアニアの言語は未調査・未解明のまま次々と消滅し、言語学の空白地帯が広まりつつあります。この空白拡大により世界の言語および当該地域の言語の下位分類や歴史研究・祖語再建・死語検討・民族移動などの解明は一層困難になっています。
本研究の目的は、ヴァヌアツの未解明言語を解明し空白を埋めることと併せて、得た一次データにより既存の理論では説明できない世界の言語現象を解明することでした。そして失われゆく少数言語の保存・継承・復興に寄与することでした。
この度、話者500人の無文字の少数言語とその研究に光をあてていただいたことで、研究の成果と世界の言語状況をお伝えする機会が得られたことを嬉しく思います。
先生のモットーは?

「前進あるのみ」をモットーにしています。消滅の危機に瀕した少数言語を調査・研究するということは、その消滅スピードと闘うということでもあります。現地では話者と生活を共にして四六時中ことばを観察しても、探していた語彙を一語も収集できないときもあります。また病で調査を中断せざるを得ないときもあります。それでもどんなに遅々たる歩みであっても、一歩でも二歩でも調査・研究が前進するように努めてきました。私たちは失って初めて失ったものの真の価値に気づかされるものです。人類共有のかけがえのない知的財産であり叡智の結晶である固有の言語を、失う前に掬って掬って後世へ手渡したいと思います。
今後の抱負をお聞かせください。
大揺れの海上でボートは燃料切れ。海流に呑み込まれ漂うばかりです。しかも舵取りは急用の父の代理の小学生低学年の男の子。3歳上の姉は慌てふためいて弟にあれこれ指図します。同船者は私一人。震えながらひたすら呪文を唱え続けました。「タウサナ マンドゥサナ タウサナ マンドゥサナ タウサナ マンドゥサナ」。絶体絶命の危機に唱える、ツツバ語の「開け、ごま!」です。情報伝達手段の無い現地では全てが成行き任せ。試練の連続でした。
今後は、こうしたフィールドワークの体験と言語分析の経験を両輪として、世界全域を対象に新たな未解明現象の調査・解明に挑むつもりです。その過程で、消滅寸前の言語の一次データを少しでも多く後世に残すことをめざします。
最後に後輩達に向けたアドバイスやメッセージをお願いします。

現地の調査許可を得るまでに、国語ビスラマ語を市場で覚え、ジャングルを歩いて調査地を探し、予備調査をして……と数年かかりました。本調査に入るまでに次々と立ちはだかる難題に右往左往するときは「踏ん張れ!」と自らに檄を飛ばし、調査地で命の危機に陥り先が見えないときは「七転び八起き」と自らを鼓舞し、電気・水道・ガス・病院の無い調査地で生きるだけで全エネルギーを使い果たして、調査も分析も論文化も進まないときには「石の上にも三年、いや五年、いや七年」と自らを叱咤激励してきました。いつのときも「意志あるところに道あり」と言い聞かせてきました。
枠に囚われない自由な発想を大切にして、あなただけの道を切り拓いてください。

[研究キーワード]消滅危機言語、無文字言語、ヴァヌアツ共和国、ツツバ語、舌唇音