斉藤 繭子 [医学系研究科 准教授]
東京学芸大学付属高等学校 卒業、佐賀医科大学医学部 卒業、ジョンスホプキンス大学公衆衛生大学院 公衆衛生修士課程 修了、佐賀大学大学院医学系研究科 博士(乙)取得、2013年-現在 東北大学医学系研究科微生物学分野所属
紫千代萩賞を受賞してのご感想をお願いします。
医療に関連する様々な研究手法の中で、疫学研究は集団を対象にするという特徴があります。集団を対象にしながら、個人の多様性を鑑みて解析する点は特に面白い部分だと思いますが、条件の均一性に基づく基礎実験の対極にあるように見える部分もあり、不確実性を指摘されることがあります。そのため、今回フィールド疫学研究が受賞の対象になったことにとても驚いておりますと共に、大変有り難く、うれしく思います。研究の遂行にあたって、フィールドワーク、ウイルス診断、データ解析に多くの人が関わった多施設共同研究ですので、本研究に関わった方々、研究活動を支えてくださった微生物学分野のスタッフ、大学院生、医学系研究科、産学連携推進本部の方々に心より御礼申し上げます。
先生のモットーは?
モットーではないですが、研修時代に恩師に教わった言葉です。
”医学は不確実性の科学であり、確率のアートである”(ウイリアム・オスラー)
今後の抱負をお聞かせください。
今回のテーマになったヒトノロウイルスは、1960年代に発見されてからずっと不可能だった培養技術の開発が進み、研究や対策が大きく変化する転換期に来ています。ウイルス、特にRNAを遺伝子に持つウイルスは遺伝子変異を続けて進化し、ヒトの免疫から逃れ続けていることが徐々に分かってきていますが、ヒトの体内での感染防御についての研究はこれからの課題です。ヒトの体内でしか増幅できないウイルスが私たちの生活環境でどのように維持されているかがわかれば、感染症の制御に役立つと考えています。
最後に後輩達に向けたアドバイスやメッセージをお願いします。
国際保健分野を希望する方々には疫学や生物統計学を大学院で勉強することを勧めています。また、公衆衛生に特化した大学院では、途上国の健康問題や対策についての講義が受けられるところがあり、個人的には問題解決にどのような着眼点や戦略があるのかを学べたことはとても新鮮でした。しかし、それと同時に社会・経済的な因子が医学よりも想像以上に大きく関わっていることを認識させられました。好むと好まざるとにかかわらず国際化は進み、”グローバルヘルス”という分野のニーズが拡大しています。健康問題を科学・社会・経済など多角的な視点で考えながら、じっくり取り組めることを見つけて欲しいと思います。
[研究内容紹介]この研究では、乳幼児の下痢症の原因となるウイルス感染と下痢症発症の実態を明らかにするため、ペルーの新生児を約2年間経過観察し、定期的、および下痢症時に採取した便検体中のノロウイルスをPCR法で検出し、研究参加者の一部ではさらにサポウイルスをPCR法で検出しました。その結果、これらのウイルス感染は0-1才児に高い頻度で起こり、下痢症に有意に寄与し、感染後に長期間排泄されることがわかりました。さらに、検出されたウイルスの遺伝子解析から、ウイルス遺伝子が多様性に富むことで、同一宿主(同じ人)に同じウイルスの感染が頻繁に起こる可能性が示唆され、ワクチン開発には異なる遺伝子型の抗原を複数含める必要があるという結論に至りました。
[研究キーワード]ノロウイルス、サポウイルス、小児、下痢症、感染症疫学、ペルー